6月22日は歴史上最も最悪の惨事となった独ソ戦の開戦日です2017/06/22 21:59

6月22日は歴史上最も最悪の惨事となった独ソ戦の開戦日です。

この日、ヒトラーのナチスドイツは独ソ不可侵条約を無視してソ連に攻め込みます。

ドイツ軍はモスクワまで進撃して返り討ちにあうわけですが、一説によると、この戦争で3000万人の命が失われたと言われています。


以下引用

1941年6月から1945年5月までの、約4年間、1416日間にわたって続いた独ソ戦では、ドイツ軍は概数で390万4000人、枢軸側同盟国(ルーマニア、ハンガリー、フィンランド、イタリア)が95万9000人、ソ連軍が1128万5000人を戦死・行方不明で失い(負傷は含まず)、独ソ両国と東欧諸国で1500万人を越える民間人の生命が、戦火の中で失われたと言われている。合計すると約3115万人

以上引用
y-history.net/appendix/wh1505-040.html


人類史上最悪な本当に無茶苦茶な戦争です。

この戦争には、覚せい剤であるメタンフェタミンが大きく関わっています。
詳しくは過去記事

覚せい剤と戦争その3 メタンフェタミンと第二次世界大戦
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2015/05/20/7637942


わずか4ヶ月の間に3500万錠のメタンフェタミンが、ドイツ軍に支給されています。

ドイツ軍初期の快進撃というのは、まさにメタンフェタミンが引き起こしたものであり、ナチスドイツ軍の驚異的な残虐性も、メタンフェタミンが引き起こしたものであることが、読み取れると思います。

同時に、メタンフェタミンに依存した戦争を行ったためにドイツ軍は敗れたということも言えそうです。

欧州各地で引き起こされた『ユダヤ人狩り』というのも、メタンフェタミンが引き起こす脳機能の破壊と離脱症状無しには起きなかったのではないでしょうか?

以上過去記事より引用


日本では、第二次大戦後、戦犯達が戦争犯罪を免れて自分達の利益を得るために親米反共思想となり、ソ連の悪ばかりが吹き込まれ、正しい歴史が学ばれていませんが、この独ソ戦において一番大きな被害はソ連と東欧の人々でした。
その他にも沢山の人々が亡くなっています。

二度とこのような悲劇を繰り返してはなりません。


日本も、かつてドイツと同じように大陸の奥深くまで行って侵略戦争を行いました。


日本は島国であり、大陸国家ではありません。
日本では無いところに行って植民地にする。
その戦争で本当に多くの人々が亡くなりました。

日本は戦争に負けて他国を侵略するための軍隊を持たないことを決めました。

ところが、それをなし崩し的に解除しようとする戦争法案が出来てきています。
侵略戦争に加担することは許されません。


植民地主義・侵略戦争はまだ続いています。

他国を侵略してはなりませんし、植民地主義は悪です。


この戦争で被害にあったのは、様々な国々の大勢の普通の人達。


利益を得たのは、FRBのドル詐欺の人達や軍需産業や戦争関連産業の人々とその投資家たちだけです。

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