太平洋戦争の原因である真珠湾攻撃作戦を立案し、実行した指揮官 源田実が、アメリカから勲章貰い、東京大空襲や原爆投下を指揮したカーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章を与えるように進言2017/08/13 20:55

『原爆地上起爆説』という、少しでも科学的な知識がある人ならお笑いもののスピン説があるのですが。。(原爆を地上で起爆したら巨大なクレーター出来まっせ。街の壊れ方も全然違いまっせという。小学生でも分かるレベル=説を流布しているのは、科学が悪魔だと信じてる宗教団体が主体でしょう 汗)


以前、理研の万能細胞潰しと、理研による原爆地上起爆説というCIA・NSAによるスピンは連動しているのではないか?と書きましたが、
アメリカ先住民の民族浄化とハーバード大学 STAP細胞 http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/05/22/8094248

原爆地上起爆説は、荒唐無稽な上、アメリカによる一般市民の無差別大量虐殺=人道的な罪で明らかな国際法違反という事実を隠蔽して責任を日本に押し付けるという、どう考えてもアメリカに都合が良いスピンでありまして、引っかかってしまった人ならともかく、これを強引に押し付ける人は、明らかに工作員でしょう。

この説で、いろいろ工作員ルートが明らかになって面白かったわけですが、この夏、新たに工作員の方々が、日本の343部隊の飛行機『紫電』のパイロットが、たまたま広島原爆の時に飛行中で、「エノラゲイは見ていないし、空中から投下したと思っていない。」と発言しているという工作活動をしておりました。

インタビューは当然『チャンネル桜』ですけどね


で、この話は初耳な話なので、ちょっと調べてみると、大変興味深いことが分かってきました。

そもそもこの343部隊とは何者なのか?

343部隊を作ったのは、源田実だそう。
源田実を調べてみると、非常に興味深いことが分かりました。

源田実は、太平洋戦争が始るきっかけとなった『真珠湾=パールハーバー』の攻撃作戦を立案し、実行した指揮官でした。
この源田実が、第二次大戦後、どうなったのか?

なんと、航空自衛隊の初代トップになり、アメリカからレジオン・オブ・メリットという勲章を授与されているのです!

太平洋戦争が始るきっかけとなった『パールハーバー』の攻撃作戦を立案し、実行した指揮官の源田実がですよ。

しかも、アメリカから勲章を授与された2年後、今度は、一般市民を数十万人単位で無差別に殺害した東京大空襲や広島・長崎の原爆投下を指揮した犯罪者カーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章を与えるように進言しています。そして勲章は授与されました。この進言に同調したのが小泉純一郎の父親である小泉純也だったのは既報のとおり。

カーチス・ルメイは、朝鮮戦争でも原住民を無差別殺戮していますし、キューバ紛争でも偽旗作戦による空爆を支持、さらにベトナム戦争でも無差別絨毯爆撃を行っている人類史上まれに見る重大犯罪者=殺人鬼です。

そんなカーチス・ルメイに対して国家勲章を授与せよと進言したのが、日本軍によるパールハーバーの攻撃を立案・実行した源田実だったのです。


源田実の行動を詳細に追っていくと、極めて興味深いことが分かりました。

まず、真珠湾攻撃ですが、これによって日本はアメリカと戦争する羽目になり結果的に占領されたわけですが、相手に攻撃させておいてリメンバーなんとかと言って自己正当化・相手を悪魔化して占領するのは、白人がアメリカ大陸に上陸して以来の伝統的手法
東京大空襲(東京ホロコースト)の日に考えるアメリカの歴史 http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/03/10/8044852 も参考に
、源田実は、第一次攻撃を成功させたものの、第二次攻撃を行わず、結果的にハワイの燃料施設が手つかずのまま残され、それによって米軍の太平洋艦隊は、米国本国まで撤退することを避けられたというのです。


さらに、ミッドウェー海戦では、敵機を攻撃せず、致命的な失態で日本海軍の主力部隊を全滅させています。

その一方で、軍艦よりも航空機の時代だと進言し、テニアン島に2年がかりで飛行場を作らせます。

そのテニアン島が、米軍の手に落ち、その日本軍が2年がかりで作った飛行場からB29が飛び立ち、東京大空襲や広島・長崎への原爆投下(ホロコースト)が行われるわけです。

さらに、源田実は、343部隊という航空機の精鋭を集めた部隊を指揮しています。
その343部隊は、広島・長崎の原爆投下に対して一切の防御を行っていないのです。


しかも、源田実は、特攻隊による敵への自爆攻撃を進めています。(死んだ大西中将に責任を全てかぶせ、自身は涼しい顔)
この結果、日本は戦闘機や航空機の多くを失い、操縦出来るパイロットは死亡。
結果的に、アメリカの戦略爆撃機による無差別大量殺戮に対する日本側の防御をぶち壊しています。


そんな源田実が、米軍に制空権を奪われたまま初代航空自衛隊のトップになり、アメリカから国家勲章を授与され、東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を指揮したカーチス・ルメイに国家勲章を与えようとしたのは、ごくごく当然のことだったのかもしれません。

源田実こそが、日本におけるホロコースト(日本国民大量虐殺)を導いた犯人の仲間だったのでしょうから。


そして、源田実と共にカーチス・ルメイに国家勲章を与えようとしたのは、小泉純一郎の父親である小泉純也。

小泉純一郎は、福島第一原発の安全装置を外した犯人であり、311人工地震津波・原発爆破攻撃を行った空母ロナルドレーガンの乗組員の被爆に対しては涙を流すが、福島で被爆した多くの子供達に対しては涙を流さない男なのです。

つまり、日本人では無いのです。アメリカ人です。

本日は広島原爆投下(広島ホロコースト)から72年 原爆・原発・抗がん剤2017/08/06 22:24

本日は広島原爆投下(広島ホロコースト)から72年の日です。

原爆はホロコースト(生きながら焼き殺す)でした。

以下は原爆ホロコーストの裏側を書いた過去記事より


ヒトラー達ナチスは、優生学を信じていたので、劣性民族を奴隷として使用し、使えない人物は処刑して戦争を行っていました。

なので、『ユダヤ人』や『ロマ人』と名付けられたドイツ人やオーストラリア人やポーランド人の多くは、財産を没収され、強制収容所でドイツ軍のために労働させられました。

ナチスが、『ユダヤ人』や『ロマ人』と名付けた人々の財産で戦争し、その人たちの労働力で戦争をおこなっていたわけですから、これは驚くべき犯罪ですし、使えない人たちを人体実験に用いたり殺処分したことも含めて、人道上決して許すことが出来ない犯罪なのは、誰の目にも明らかです。
この点に関して、当ブログは、いささかもナチスを支持出来ませんし、ネオナチの人種差別主義者を決して許しません。

ところが、このことが、逆説的に、ある疑問を生じさせるわけです。

ナチスドイツが、『ユダヤ人』や『ロマ人』と名付けた人の労働力で武器を生産し、戦争をおこなっていたのなら、労働力として必要不可欠な彼らを殺してしまったら、戦争が出来なくなるではないか??ということにです。

つまり、ナチスドイツが、最初から『ユダヤ人やロマ人と名付けた人々』の消滅を計っていたのなら、それ自体がナチスドイツの戦争遂行を不可能にするから、矛盾しているのです。


ここで、『東京大空襲』(東京ホロコースト)についてもう一度考えてみる必要があります。
米国が、なぜ10万人にも及ぶ一般人の無差別大量殺戮を行ったのか?
その理由として、東京の下町で一般市民が、大日本帝国軍の武器の部品を生産していたことが上げられます


米国は、日本軍に武器生産を止めさせ、戦争に勝つために、武器の部品を作る工場や人々に対して空爆し、焼夷弾で焼き殺し、殺害したわけです。10万人にも及ぶ一般人の無差別大量殺戮を行ったのです。
これは、日本人なら知らない人は居ない話だと思います。


では、ドイツではどうだったのか?ということです。
それと同じことが行われていた??

答えはイエス、その一つが『ドレスデンの大空襲』です。

ドレスデン爆撃(ドレスデンばくげき、英: Bombing of Dresden)は、第二次世界大戦末期の1945年2月13日から15日にかけて連合国軍(イギリス空軍およびアメリカ空軍)によって行われたドイツ東部の都市、ドレスデンへの無差別爆撃。
4度におよぶ空襲にのべ1300機の重爆撃機が参加し、合計3900トンの爆弾が投下された。この爆撃によりドレスデンの街の85%が破壊され、2万5000人とも15万人とも言われる一般市民が死亡した。
wikipedia

これも、歴史上まれに見る人道的な犯罪として広く知られているものです。


では、もう一つ重要なナチスドイツの武器生産工場であった『ユダヤ人』や『ロマ人』と名付けられた人々の強制収容所では、何が行われたのか?ということです。
当然、ここでも『東京大空襲』や『ドレスデンの大空襲』と同じようなことが行われたはずです。
『ユダヤ人』や『ロマ人』と名付けられた人たちが、ドイツ軍のために武器を制作していたからです。
当然ですね。

それをどうしたのか?
というのが、歴史上の最大の疑問になってくるわけです。


実際、なぜか、ナチスドイツを降伏させるために必要な武器生産基地である『ユダヤ人』や『ロマ人』と名付けられた人たちの強制収容所でバタバタと人々が死んで行き、ドイツは、武器を生産出来なくなり戦争に負けました。
数多くの強制収容所で同様なことが起こりました。
これは、東京大空襲で武器生産をしていた一般市民たちが殺戮されたのと、同じです。


後に、彼らの非常に多くは、『チフスのために死んだ』ことが明らかになっています。


では、なぜチフスに罹ったのか?
一つ考えられることは、連合軍が強制収容所への食料や物資の補給ルートを断ったために、強制収容所内で栄養不足が起こり、チフスの感染が劇的に増えたというものです。薬の不足により死んだとする考え方です。

しかし、このことには、若干の無理があることも事実です。
強制収容所内では、医学実験が盛んに行われていたわけで、医薬品も生産していたはずですし、ユダヤ人やロマ人と名付けられた労働者による食料生産も可能だったはずですから。

実際に、ナチスは、工場労働の生産性向上のために、厳しく栄養管理・健康管理を行っていたことが、様々な資料から明らかになっています。(逆に言うと、不要な存在は、抹殺し、排除していたオドロクべき犯罪だったということでもあるのですが。。)


では、なぜこのようなパンデミックが起きたのか?

考えられることは以下のことです。

すなわち、連合軍は、ナチスドイツを打ち負かすために、ナチスドイツの武器生産施設を破壊し、人々を殺戮する必要があった。

しかし、同時に、米国は、欧州から米国へ逃げてきたユダヤ人とレッテルを貼られた技術者達(当然のことながら、核の優秀な技術者に、わざとユダヤ人というレッテルを貼らせたのでしょう)を、『ユダヤ人をナチスの犯罪から守る』という名目で、原爆の開発を手伝わせていたので、『ユダヤ人やロマ人と名付けられた人たちの強制収容所』を空から爆撃する事が出来なかった。

そこで、『ユダヤ人やロマ人と名付けられた人たち』は、密かに死んでもらう必要があった。
そこで、強制収容所に潜入したスパイが、生物化学兵器として強力な致死作用を持つチフスを持ち込んだ。

チフスで人がバタバタと死んだので、強制収容所では、死んだ遺体からチフスが他の労働者に感染しないように(労働者が居なくなると武器を生産出来ずに戦争に負けてしまうという理由から)、大事なガソリンや石油を使って焼却する必要があった。

この焼却の手伝いに、『ユダヤ人やロマ人と名付けられた労働者』も参加させられた。

それでも、生物化学兵器であるために、どんどん人々が死んでいき、燃料も足りずに、焼却出来ずに、遺体がどんどん積み上げられていった。

そのことで余計にチフスが強制収容所に蔓延していき、ソ連軍がやってきた頃には、凄まじい遺体の山があった。
それを見て、「『ユダヤ人の大虐殺』が行われていた。」という話になった。

という風に考えると、すんなり納得出来ます。


ガス室で殺された話は、ガス室において、チフスが蔓延しないように、収容所に入れられた人々に対してドイツ軍が殺虫剤を撒いていたと考えるのが当然ノーマルな考え方です。
ツィクロンBというのは、基本的に、広く使われている殺虫剤ですから。
ですから、間違いなく『ガス室は存在した』のです。
チフスの蔓延を防ぐために。


その行為を、米国は、『ユダヤ人とレッテルを貼った技術者』に原爆の開発に協力させるため、それから、東京大空襲や原爆投下、ドレスデン爆撃などの、人道的に見て重大犯罪である「一般市民への無差別絨毯爆撃=ホロコースト』を正当化するためのプロパガンダとして、『人々がガス室で殺されている』として利用したのです。


そしてソ連は、敵だったナチスの『人道上許されない犯罪』としたわけです。

実際には、最も多く人々が死んでいったのは、チフスが原因だったことが明らかになっています。
これは、第一次大戦末期に、スペイン風邪(実際には米国が発生源)で多くの人が死んでいったのと酷似しているといえましょう。
当ブログは、『スペイン風邪』も生物化学兵器であったと考えています。


ドイツは、武器を作るために強制収容所の労働力が必要不可欠であったため、労働者の健康管理に気を使っていたのです。
彼ら労働者の存在無しには、戦争に負けてしまうのだから当たり前です。
ただし使えない存在に関しては、容赦なく切り捨てたのは、重大な犯罪です。人道的に許されない重要な犯罪なのです。
ナチスが、人道的に許されない重要な犯罪を行っていたことは間違いありません。


つまり、『ガス室は存在した』し、ナチスも『ユダヤ人』とレッテルを貼った人たちを沢山殺害したが、最も多くの『ユダヤ人』とレッテルを貼った人たちを殺害したのは、連合軍なのではないでしょうか。


ですから、戦勝国(連合軍)は、この事実を、『ユダヤ人』とレッテルを貼られた人々に知られることを最も恐れているのです。

ナチスドイツが『ユダヤ人』とレッテルを貼ったドイツ人やオーストリア人やポーランド人を大量に虐殺したのは連合軍(アメリカ)なのです。

それを利用して、彼らはプロパガンダを流し、優秀なユダヤ系技術者を原爆の開発に関与させ、広島や長崎に原爆を投下させたのです。

一つは、原爆の技術を独占している間に領土を拡大するため。FRBによるドル支配、中東の石油支配体制を確立するため。
もう一つは、人体実験のため、ホロコースト(生け贄)のためにです。


この作戦を行った人物は、劣った有色人種や『ユダヤ人』を殲滅する団体KKKの構成員であったトルーマンであることは、もはや疑いようがないと思えます。


そして、米ドルを印刷する権利を奪った勢力=FRBの勢力は、自分たちが資金提供したソ連とドイツが欧州を巻き込んで闘い、結果的に、それらの勢力を大幅に疲弊・弱体化させ、資金を貸し付けることに成功し、第二次大戦後のドル支配の構造を築いていきます。


以下は、当ブログ過去記事


オバマ大統領の広島訪問に思うこと
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/05/28/8097630

広島原爆投下と抗がん剤開発 その1 なぜ原爆の被爆被害の調査は、『ABCC調査』だったのか?
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/11/12/7052908

広島・長崎原爆ホロコーストとABCC調査と抗がん剤開発と原爆の量産について
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2015/08/09/7729718

原爆作ったスタンダード石油とデュポン=マスタードガスで抗がん剤作ったゼネラルモータース(GM)とナチスの関係 ―
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2015/08/10/7730649


6回投与で年間被曝限度の2千倍!の前立腺がん治療薬「ゾーフィゴ」さすが、モンサントを買収した(ナチスの中核企業)バイエル薬品
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2017/04/26/8500960

さすが、悪の枢軸のモンサントを買収したバイエル社

本当に、とんでもない。

以下過去記事より

ナチスの中核企業だったバイエル社が、遺伝子組み換え食料支配の根幹企業であるモンサントを買収 ―


この買収ですが、どこが金出したのか?
バイエル社のサイトに出ていました。

5銀行(バンクオブアメリカ・メリルリンチ、クレディ・スイス、ゴールドマン・サックス、HSBCおよびJP モルガン)
毎度おなじみすぎますね。。

ドル詐欺の本体です。
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/09/15/8190534


化学兵器の抗がん剤よりも、納豆菌

納豆をすりつぶして取り出した成分で24時間以内にがん細胞が死滅
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/03/31/8061423

なぜ原爆の悲惨さや、戦争の真実を伝えるために重要だった長崎の浦上天主堂は取り壊されたのか?2016/08/11 23:12

欧米人にとって、ヒロシマの原爆ドームよりもっとインパクトの強いものがあるはずだった。それが、長崎の浦上天主堂キリスト教会だった。

もし、この教会が、そのまま残されていたとしたら、世界中から人々が訪れ、原爆の悲惨さについて、戦争の真実について、何よりも多くを語っていたと思われる。

では、なぜこの浦上天主堂は、保存されなかったのか?取り壊されたのか?

調べていくと、様々な事が分かるのである。

以下、その経緯について書かれた文章を抜粋して、引用

前略

しかし、長崎の原爆遺構として、キリスト教会の廃墟が永遠に残されるというのは、アメリカ側としては、どうにもバツの悪いものであった。
ただでさえ、「長崎の鐘」の永井博士は、ヘレン・ケラーから見舞いを受け、当時のローマ教皇ピオ12世からも特使を派遣されて讃えられ、長崎の名誉市民にもなっており、被爆地の聖人視されていたので、教会の廃墟が残る限り、ナガサキは日本人の悲劇というに留まらず、キリスト教信者をも含む、全人類を代表しての原爆に対しての、悲劇の聖地という役割になってしまうのである。


そこで、アメリカ側は、長崎市議会の「浦上天主堂の廃墟を保存する」という決定をくつがえすために、動き始めるのである。
まず最初、アメリカのセントポール市というのが、長崎市に対して
突然、姉妹都市提携をしようと提案してきたのである。姉妹都市と
いうのは、今ではよくある話だが、当時は日本初の話であった。
とにかく、仲良くしようという話なので、長崎の田川市長としては断る理由がない。受け入れると、すかさず、提携式典に市長を招待したいと言ってきた。ただ、当時の大学初任給が1万円の頃に、アメリカに旅客機で行くだけで片道30万円かかる。日本はまだ復興の途上にあったので、日本国が役人の出費にも厳しく、許可を出さなかった。
今と違って役人は真面目だったので、田川市長は行かなかった。

ところが、アメリカは翌年になって、国務省から駐日米大使を通じて、さらに招待し、今度はアメリカ側が費用を出すということになった。
それならということで、田川市長は応じて、アメリカに渡ったのであるが、それは、一泊二日どころではなく、一カ月間に渡って、アメリカを東から西まで縦断して視察してもらい、アメリカの文化を見てもらいたいというものであった。あちこちで歓待の嵐に合い、それはまるで竜宮城のような接待だったという。そして、帰ってくると、彼は突然、浦上天主堂の廃墟は、撤去すると言い出したのである


実は田川市長が渡米する前に、山口・長崎大司教が渡米している。
実質上の浦上天主堂の主権者である。彼はあちらでキリスト教会の
祭司達と合い、浦上天主堂の再建費用の寄付を募って回った。
すると、あちらの有力者から再建費用は喜んで出すが、それについての条件が、浦上天主堂の廃墟を撤去することだったという。山口は、喜んでそれを呑んだという。彼も、原爆投下は神の摂理であり、平和のためには仕方がなかったと肯定する人だったのである。
その彼が長崎に帰り、田川市長もアメリカで洗脳されて長崎に帰り、相談した結果は、当然ながら浦上天主堂の廃墟の撤去だった。


市議会議員の中には、絶対に残すべきだと主張する人も多く、
新しい浦上天主堂は同じ地に建設するにしても、被曝遺構としての
浦上天主堂は今の平和公園の土地に移し替えて保存したらいいじゃ
ないかと申し入れたが、田川市長は、あくまでも教会の廃墟は撤去であり、保存しないということにこだわったという。
そして、1958年3月に浦上天主堂の被曝遺構は破壊されたのである。しかも、その2週間後に、市役所が火事になり、被曝遺構としての浦上天主堂の写真をたくさん取り貯めていたことで有名だった池松さんという市職員のフィルムも全て焼けてしまった。

参考資料…「ナガサキ・消えたもう一つの原爆ドーム」
        高瀬毅・文春文庫

以上引用
geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/4179/urakami.html



まあ、アメリカにとって都合が悪かったので、撤去し、さらに証拠の写真も燃やしたということだろう。

ちなみに、この浦上天主堂を破壊した1958年というのは、安倍晋三の祖父である岸信介内閣である。


実は、当時は、広島の原爆ドームよりも、長崎の浦上天主堂を保存しようという運動の方が大きかったようだ。


以下引用

 戦後、広島市は「保存には経済的に負担がかかる」などの理由で、原爆ドーム保存に消極的だった。しかし、1960年に被爆が原因と思われる急性白血病で亡くなった女子高校生が「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも、おそるべき原爆のことを後世に訴えかけてくれるだろう」と記した日記が発表され、市民の保存運動が盛んになり、1966年広島市議会は永久保存することを決議した。

以上引用
t3mi.exblog.jp/13366829

以上のように、長崎の浦上天主堂が破壊され、60年安保が作られると、広島の原爆ドームを保存しようという話になっていったのである。



キリスト教会の原爆遺構が存在するというのは、世界に、この戦争の真実をアピールするために、日本にとって決定的に大きな財産だったはずである。

この遺構があれば、アメリカが、いかに極悪非道な戦争を行ったのかが、一目瞭然だったからだ。
何しろ、当時、東洋一だったキリスト教会の真上に原爆を落として、一般市民を皆殺しにしたわけですから。

全世界が、唖然呆然である。

それを失った意味は大きい。


この、田川長崎市長をアメリカに招待したのは、アメリカの国務省とあるが、当時の米国国務長官は、ジョン・フォスター・ダレス

ジョン・フォスター・ダレス(John Foster Dulles, 1888年2月25日 - 1959年5月24日)は、アメリカ合衆国の政治家。日本国との平和条約が締結された1951年9月8日、その同日に調印された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約の“生みの親”とされる[1][2]。1953年から1959年までドワイト・D・アイゼンハワー大統領の下の第52代国務長官を務めた。wiki

そして、弟のアレン・ダレスは、まさにCIAを作った人物である。


こういう人達によって、浦上天主堂は取り壊され、CIAや米国国務省に接待された人達は、「原爆は神の摂理」とか言い出したのである。

筆者は、浦上天主堂は、人類の負の遺産として、絶対に取り壊してはならない建物だったと考えている。

昨日は長崎原爆(長崎ホロコースト)の日ということで、長崎原爆について、もう一度調べなおしているのですが、その前に過去記事を2016/08/10 23:07

今朝の東京新聞に、長崎被爆者の声として、「ある日突然空から降ってきたのではなく、アメリカが落としたのだから、きちんと謝罪して欲しい」というのが出ていましたが、当たり前です。

以下引用

被爆者代表・井原さん、オバマ氏演説にがく然 「原爆は落ちたのではない」 東京新聞 2016年8月9日 夕刊

 オバマ米大統領が広島訪問の演説で、原爆が空から落ちてきたと表現したことに、九日の平和祈念式典で被爆者代表を務めた井原東洋一(とよかず)さん(80)はがくぜんとした。

 「落ちたのではない。米国が、落としたんだ」

 広島に投下された原爆はウラン型、長崎に落とされたのはプルトニウム型。この違いに疑念を抱き続けてきた。式典で読み上げた「平和への誓い」で、「二種類の原爆による実験ではなかったのか」と思いをぶつけた。

以上引用
tokyo-np.co.jp/article/national/list/201608/CK2016080902000238.html


今後100兆円を新型核兵器の生産と更新に予定している米国が、核無き世界とか、どういう詐欺だよという感じですが、


昨日は長崎原爆(長崎ホロコースト)の日ということで、長崎原爆について、もう一度調べなおしているのですが、その前に過去記事を


広島原爆投下と抗がん剤開発 その1 なぜ原爆の被爆被害の調査は、『ABCC調査』だったのか?
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/11/12/7052908

広島・長崎原爆ホロコーストとABCC調査と抗がん剤開発と原爆の量産について
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2015/08/09/7729718

原爆作ったスタンダード石油とデュポン=マスタードガスで抗がん剤作ったゼネラルモータース(GM)とナチスの関係 ―
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2015/08/10/7730649

オバマ茶番劇 核廃絶演説の背後に核の発射ボタン 実際に削減した核は、ブッシュに比較してもたったの13.2%2016/06/02 22:21




「オバマの核廃絶演説に感動した」という人に、「その直ぐ後ろに原爆数千発分の核爆弾の発射装置を持った人が居たんだよ。」と言うと、驚いていました。

一般の人は、そんな事も知らされないわけです。


以下引用 Everyone says I love you さんより

歴代大統領の中で最も核弾頭を削減せず、今後30年間で1兆ドルをかけて核爆弾を「改良」するオバマ大統領

前略

 オバマ前のあのブッシュ政権下(2001~2008年)でさえ、約5300発の核兵器が削減されたのに対し、オバマ政権下で削減された核兵器は約700発

米英の複数のメディアは、「核のフットボールとビスケット」の存在を取り上げ、これらがオバマ大統領の広島訪問の際にも現地に持ち込まれていたと伝えています。

 「核のフットボール」とは、黒皮に包まれた重さ約20キロのアタッシュケースをさす俗称で、中には米大統領が核兵器の使用を許可するための通信機器が入っています。大統領がホワイトハウスを離れる際には、このアタッシュケースを持った軍事顧問が必ず大統領に同行するいわば起爆装置です。

 大統領は「ビスケット」とよばれる特別なカードキーを常時携帯しており、アタッシュケース経由で米軍に核兵器使用を許可する場合に、カードキーを使って大統領本人であるという認識作業が必要になるのだということです。

 米大統領の近くには「核のフットボール」を持った軍事顧問が常にいるのです。それが広島であっても。

中略

 また、アメリカは包括的核実験禁止条約について署名のみで、批准しておらず、オバマ政権も批准の努力をしようとはしませんでした。

 日本ではあまり知られていないことですが、米軍は2015年から新型核爆弾「B61 12型」を飛行中の爆撃機から投下する実験を開始しました。

 アメリカにより1966年から現在までに3000発以上の「B61」が配備されてきていますが、現在開発中の12型にはより多くの電子機器が組み込まれ、精密爆撃が可能になるのだそうです。

 この新型核爆弾の実験は、今後30年で1兆ドルを投じて行う核兵器性能改善計画の一環で、新型のミサイルやステルス爆撃機などの開発や配備も同時に進められていく予定です。

以上引用
blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/fc19e8007441f25cc9cc8c81e935de1c

しかも、実戦で核を使っている可能性が極めて高い。(地震兵器含め)


で、こんなニュースが

以下引用 日刊ゲンダイ

広島訪問は猿芝居 オバマは“原爆投下”映像に拍手していた

「14年6月、第2次大戦で米英などの連合国軍が当時のナチス・ドイツを撃破する転機となった『ノルマンディー上陸作戦』を記念した70周年記念式典がフランスで行われました。欧州やロシアなど20カ国以上の首相が参加した盛大なイベントで、会場の大スクリーンには日本へ原爆を投下するモノクロ映像も流されました。この時、会場から大きな拍手が湧き起こったのですが、ドイツのメルケル首相は拍手せず、ロシアのプーチン大統領は胸の前で十字架を切って哀悼の意を表していました。ところが、ガムを噛みながら無表情で手を叩いていたのがオバマ大統領。とても原爆投下を悔いている態度とは思えませんでしたね」(在欧特派員記者)


オバマ大統領が原爆資料館を訪れた時間は10分。

以上引用
nikkan-gendai.com/articles/view/news/182490


どう考えても、選挙向けのパフォーマンスです。


本当に核廃絶したいのなら、まず、自国の核兵器を全て無くし、我々は、どの国も侵略しないし、内政に関与しない事を確約しないとダメですよね。


核7000発以上持ちつつ、100兆円の予算で新型核の開発と配備しつつ、他の国の体制を破壊することを止めず、核廃絶出来るわけないだろ。

オバマ大統領の広島訪問に思うこと2016/05/28 17:57

オバマ大統領が広島訪問だそうですが、会見の全文が出ています。
3.nhk.or.jp/news/html/20160528/k10010537911000.html?utm_int=all_side_ranking-social_002

全文読んでみたのですが、筆者は思います。

今後30年間で、新型核兵器の開発と配備に100兆円の予算を予定している国の掲げる『核廃絶』って何でしょうか?

しかも、アメリカは、広島・長崎以外にも原水爆を使用しています。


強欲な資本主義や新自由主義経済政策によって、世界で格差が最も開いてしまった国が掲げる『生まれながらの人間の平等』って何でしょうか?

国営の石油企業を持ち、IMFの借金も無く、最も人々が平等に暮らしていたはずのシリアやリビアに泥沼の内戦を引き起こしたのは、アメリカですよ。


米国+NATOに空爆される以前のリビアについて

以下引用

リビアには電気代の請求書が存在しない。電気は全国民、無料だ。

融資には金利がなく、リビアの銀行は国営で、全国民に対して与えられる融資は、法律で金利ゼロ・パーセント。

リビアでは住宅を所有することが人権と見なされている。

リビアでは全ての新婚夫婦が、新家族の門出を支援するため、最初のアパート購入用に、政府から60,000ディナール(50,000ドル)を受け取る。

リビアでは教育と医療は無償。カダフィ以前、識字率はわずか25パーセントだった。現在、識字率は83パーセント。

リビア人が農業の仕事につきたい場合には、農園を始めるための、農地、家、器具、種、家畜が、全て無料で与えられる。

リビア人が必要な教育あるいは医療施設を見いだせない場合、政府が外国に行くための資金を支払い、さらには実費のみならず、住宅費と自動車の経費として2,300ドル/月、支払われる。

リビア人が自動車を購入すると政府が価格の50パーセントの補助金を出す。

リビアの石油価格は、リッターあたり、0.14ドル。

リビアに対外債務は無く、資産は1500億ドルにのぼるが、現在世界的に凍結されている。

リビア人が、卒業後就職できない場合は、本人が雇用されているかのごとく、特定職業の平均給与を、職が見つかるまで国が支払う。
リビア石油のあらゆる売上の一部がリビア全国民の銀行口座に直接振り込まれていた。

子供を生んだ母親は、5,000ドル支払われる。

リビアでは、パン40斤が0.15ドル。

リビア人の25パーセントが大学の学位を持っている。

カダフィは、この砂漠国家のどこででも自由に水が得られるようにするため、大人工河川計画として知られる世界最大の灌漑プロジェクトを遂行した。

以上引用
eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/16-6517.html


で、こんな事も言ってるのですが

「アメリカという国は、シンプルなことばで始まりました。「すべての人は平等で、生まれながらにして生命、自由、そして幸福を追求する権利を持っている」と。


とありますが、そもそも論として、アメリカに元々住んでいた先住民は、白人が上陸してから、抵抗出来なくなるまで滅ぼされる1800年代後半まで人間として認められていなかったのです。

彼らは、『悪魔』だとされていました。
人間ではなく『悪魔』だから、何をしても良いとされていたのです。


アメリカ建国までに、それまでその場所に住んでいた人々を全て虐殺するか、奴隷として売り飛ばすか、移住させた上で、フレンチインディアン戦争においてイギリス側に付いて闘った先住民に対して保証された領土を奪うために独立戦争が起こされ、手にしたのが、アメリカの独立です。

アメリカ独立戦争当時の陸軍長官が、我々の植民は、先住民の絶滅作戦だったと書いている
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/03/01/8035574
も参考に


1830年にインディアン強制移住法を作ったことに対して抵抗した先住民達を移住させ・虐殺するために南北戦争は行われたわけです。


法的作術を繰り返し、先住民を虐殺・奴隷化・追放し、抵抗出来なくなった上でアメリカを占領すると、その矛先をアジア太平洋や中南米、そしてアフリカ、欧州、ロシアへ向けていきました。

これがマニフェストデスティニーです。


アメリカは、その歴史上93%戦争しています。

地球上に起きている戦争のほとんどは、アメリカとその仲間達が引き起こしてきたものです。


さて、
被爆した韓国人が韓国のアメリカ大使館の前で、オバマ大統領に「原爆投下を謝罪しろ」と抗議のデモを行っているそうです。
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/05/26/8096640
のつづきですが


こんなニュースがありました。


以下ハンギョレ新聞から引用

前略

すぐ横に韓国人慰霊碑があったのに、なぜ足を運ばなないのか残念がっていた」と述べた。広島で被爆した在日同胞のイ・ジョングンさん(88)も「今日のオバマ大統領の訪問式典に韓国被爆者は一人も入れなかった。今朝、あまりにも悔しいので広島市長に電話して、韓国の被爆者が来ているのに、なぜ入れてくれないのかと抗議した」と話した。

 これに先立ち、この日の午前、シム支部長ら韓国人原爆被害者1、2世の6人と、平和と統一を開く人々など平和運動団体のメンバーで構成された韓国人訪問団は、韓国人慰霊碑前で記者会見を開き、「原爆について責任を取らなければ世界の平和もない。オバマ大統領はこの碑石の前で、私たちに謝罪すべきだ」と声を高めた。

以上引用
headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160528-00024259-hankyoreh-kr


やはり、会えませんというか、中に入れてもらえませんでしたね。
米国大使館前でデモして謝罪を要求するというのは、大変勇気ある行為だと筆者は思います。


マスゴミに登場する被爆者は、「謝罪を求めません」とか、「米国人捕虜の被爆者を発見して米国政府から感謝されました」などと報道されてますけどね。。

原爆投下は、国際法違反の明らかな人道的犯罪です。


で、このニュース

以下引用


大韓航空機のエンジン部分から出火 羽田空港
5月27日 19時14分


27日午後0時38分ごろ、羽田空港のC滑走路で、ソウルのキンポ(金浦)空港行きの大韓航空機が離陸滑走中に左側のエンジン部分から火が出ました。消防が消火にあたり、火は午後2時すぎに消し止められました。
この飛行機には乗客302人、乗員17人の合わせて319人が乗っていましたが、全員、シューターを使って緊急脱出し、空港が用意したバスで国際線のターミナルに向かいました。

中略

午後6時半前から運用を再開し、羽田空港のすべての滑走路が運用を再開しました。
一方で、国内の空の便はトラブルの影響で、これまでに300便以上が欠航しています。

以上引用
3.nhk.or.jp/news/html/20160527/k10010537171000.html


というわけで、サミットでの安全確保のためにテロを引き起こして、飛行機飛ばないようにさせたわけですね。

で、韓国人被爆者が、オバマに「謝罪要求」したもんで、大韓航空機が犠牲になりました。というわけですか、そうですか。

分かりやすいですね。


日本の制空権は、日本には無く、アメリカ軍にあります。


もう、死に体のG7なんてやる必要無いと思いますよ。

世界最強で世界安定のキーを握っているロシアと、世界で最も人口が多く、凄まじい勢いで経済大国になりつつある中国とインドを加えない会議なんて、どうにもならんだろ。

露+中+印で28億人ですよ、28億人

 時代は、G20やG100です。



関連

『感謝祭』の元になった最初の英国人入植者を救ったアメリカ先住民達を滅亡させた黒過ぎるアメリカの歴史
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/01/31/8006095

アジア人は、アメリカ先住民の歴史を知ることが必要だと思います
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/02/09/8014082

『アメリカ・インディアンの歴史』プロパガンダとジェノサイド
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/02/17/8020331

アメリカ先住民達は、どのようにして土地を奪われたのか?アメリカで起きたのは、第一次アヘン戦争?
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/02/18/8021215

アヘンタバコによる土地収奪方法を編み出したのが、ジョージワシントンの先祖(曾祖父)だったので、アメリカ合衆国の初代大統領は、ジョージワシントンなのではないか?
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/02/21/8024745

アメリカ独立戦争当時の陸軍長官が、我々の植民は、先住民の絶滅作戦だったと書いている
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/03/01/8035574

アメリカ先住民は、水田稲作も行っていたようだ。
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/03/08/8042908

東京大空襲(東京ホロコースト)の日に考えるアメリカの歴史 ―
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/03/10/8044852

アメリカ先住民の民族浄化とハーバード大学 STAP細胞 ―
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/05/22/8094248

アメリカ先住民虐殺の歴史とアジアの戦争を繋ぐものとは? ―
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/05/24/8095409

最近のニュースから2016/04/12 22:17

最近のニュースから

11日に広島の平和記念公園を初めて訪れたケリー米国務長官は、米国による日本の都市への原爆投下に対して謝罪しなかった。AP通信が報じた。
jp.sputniknews.com/politics/20160411/1938381.html#ixzz45a8bbsHL

ケリー米国務長官らG7の外務担当責任者 非核世界をめざし広島へ しかしその結果は…?
jp.sputniknews.com/opinion/20160411/1941295.html#ixzz45a7FxhKL



櫻井ジャーナルさんの記事が勉強になります。

ネオコンに操られてきたウクライナの首相が辞意を表明、EU幻想に踊らされた人びとの厳しい現実
plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201604100001/


核戦争の準備に余念がないオバマ米大統領の背後にはロシアや中国を一撃で倒せると信じる好戦派
plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201604110000/


それでもシリア侵略を諦めないトルコ、サウジ、その黒幕の米好戦派は戦闘を続けるが、EU攻撃も
plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201604120000/

広島・長崎原爆ホロコーストとABCC調査と抗がん剤開発と原爆の量産について2015/08/09 22:47

本日は長崎原爆投下から70年、決して忘れてはならない日です。


以前のエントリですが、ずっと気になっていて調べていました。

以下ダイジェスト


広島原爆投下と抗がん剤開発 その1 なぜ原爆の被爆被害の調査は、『ABCC調査』だったのか?
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/11/12/7052908

広島原爆投下の翌日に、GM(ゼネラルモータース)の社長が、アメリカで初めての癌研究所を設立 。世界初の抗がん剤『ナイトロジェンマスタード』を生み出した


ナイトロジェンマスタードという抗癌剤については、
参考記事
抗ガン剤は化学兵器『マスタードガス』だった!!放射能と癌とips細胞 ―
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2012/10/28/6615108


原爆のどさくさに紛れて、人体実験していたのではないか?
原爆症の症状と抗がん剤ナイトロジェンマスタードの副作用は、ほとんど同じなのです。

そして、その根拠として、広島の爆心地から遠くない広島の沖合に、毒ガス工場があった。
そこに、最初の抗がん剤となったイペリットガス(マスタードガス)1,451トンがあったのです。

中略

終戦後、GHQ(主にイギリス連邦占領軍のオーストラリア軍)や政府により施設解体や残された化学兵器の処分が、周辺海域への海洋投棄、火炎放射器による焼却、島内での地中処分といった方法で行われ、除毒措置も施された。

とあります。

米軍は捨ててないということですよね。

米軍が関与したものは、ケタリング達の実験台になったと考えるのが自然でしょう。


以上引用


さて、ABCC調査に関する文献を読むと、原爆被害者に対する治療は行われなかった。と書いてあります。

でも、医者の元には連れて行かれたと。

そして詳細は、はっきりとは分からないとある。


ABCCでは、軍の追跡調査なわけですから、治療を行わずに観察し、原爆投下の後、人々がどのようになっていったのかを観察していた。それが軍の利益に適っていた。
だから治療は行われず、観察が行われたいた。

これが、通説です。
この話に論理的な矛盾点はありません。


しかし、その中で、GMのスローン・ケタリング研究所は、実際に世界初の抗がん剤『ナイトロジェンマスタード』を開発しているのです。
そして、その材料は、広島に確かに存在していた。

このことをどう考えるのか?

そのヒントがありました。


それは、ゼネラルモータースGMは、反トラスト法で手放すまでは、原爆を開発したデュポン社の子会社であったということです。

GMとデュポンというのが今まで結びつかなかった。
あまりにも全然違うメーカーなので。。



デュポン
創業は1802年。資本金は111億3600万USドル。創業者はフランス出身のユグノー(プロテスタント)でエミグレ(フランス革命後に国外へ逃亡した人々)であるエルテール・イレネー・デュポン ( 1771-1834) 。メロン財閥、ロックフェラー財閥と並ぶアメリカの三大財閥
wiki



以下HPから要点を抜粋すると

社長のピエール・S・デュポンと共同で1914年2月初旬、GM社を買収。翌15年にはピエール・デュポンがGM社の 取締役に迎えられている。


デュポンは、第一次世界大戦を通じて巨大になり、1918年には総売上高は3億 2,900万ドルと、1915年の7倍以上になった。


デュポン社財務委員会は、1918年1月、ゼネラルモーターズ社(以下GM社)への 2,500万ドルの投資を承認

GM社の再生プランを唱えたのは、副社長のアルフレッド・P・スローン・ジュニアだった。

GM社の取締役会はスローンの組織再編計画を批准し、1920年12月29日より実施した。
2.dupont.com/DuPont_Home/ja_JP/history/history_04a.html


とあります。

というわけで、GMは、デュポンの完全子会社だった。


スローン・ケタリング癌研究所のスローンのことですよね。


原爆を開発したデュポン社の子会社が、広島原爆投下の翌日にスローン・ケタリング癌研究所を設立。
化学兵器であるマスタードガスを使って最初の抗がん剤である『ナイトロジェンマスタード』を生み出した。

ということです。


ちなみに、プルトニウムを用いた人体実験は日本で行われたものが最も大規模ですが、アメリカでも一般市民を使って行われていたことが暴露されています。


ちなみに
全米癌協会が出来たのは、1913年
FRB誕生は1913年12月
デュポンがGMを買収したのは1914年2月


筆者は、ここで非常に興味深い事を発見しました。

デュポン社が開発したのは、長崎に落とされたプルトニウム型原爆『ファットマン』だったという情報です。

マンハッタン計画において
長崎型のプルトニウム濃縮を担当したのが、デュポン

広島型のウラン濃縮したのが、ロックフェラーということのようです。


で、興味深いのが以下の記事

以下引用

Q2・原子爆弾・広島と長崎のちがい

長崎と広島では原爆の燃料や爆発力、被害状況も異なっています。ここでは原爆を投下した爆撃機や、原爆に付けられた通称も紹介しておきます。
ー 長崎 広島
爆弾の燃料 プルトニュウム239 ウラン235
爆弾の通称 ファットマン リトルボーイ
爆発力 TNT火薬換算21kt TNT火薬換算15kt
爆撃機 B29(通称ボックスカー) B29(ヱノラゲイ)
爆発地点 市の北西部 市の中心部
当時の人口 約240000人 約350000人
死者数 約74000人 約140000人
負傷者数 約75000人 約79000人
消失面積 6・7平方km 13・2平方km

以上引用
http://www7a.biglobe.ne.jp/~t-uchida/qa/q2.html

以下wiki

長崎市に落とされた原子爆弾は、プルトニウム型で20KTの威力。
広島市の原始爆弾はウラン型で、15KTの威力でした。

技術的にはウラン型(広島型)、はプルトニウム型とくらべて数が作れず値段が高い。
プルトニウム型(長崎型)は、ウラン型より値段が安く量産しやすいが、放射能が強くて取り扱いが難しいという違いがあります

原爆・長崎・広島の被害者数は,広島40万長崎20万,(現在まで年々原爆被災で死んでいく原爆被災者を含む。)


ウランとプルトニウム
核分裂反応を起こす物質(核種)はいくつか存在するが、原子爆弾にはウラン235またはプルトニウム239が用いられる。

ウラン原爆
ウラン235は広島に投下された原子爆弾で用いられた。天然ウランに含まれるウラン235の割合はわずか0.7%で残りは核分裂を起こさないウラン238である。そのため、原爆に用いる為にはウラン235の濃度を通常90%以上に高めなければならず、辛うじて核爆発を引き起こす程度でも最低70%以上の濃縮ウランが必要となる。放射能が少ない為に取り扱いは容易であるが、ウラン濃縮には大変高度な技術力と大規模な設備、大量のエネルギーが必要とされる。

ウラン濃縮による原爆製造は初期設備投資は比較的安価だが、電力を発生せず大量に消費し運転経費がかかる上、同じ核物質の量でプルトニウムより少ない数の原爆しか作れないため、原爆1個あたりの製造コストはプルトニウム原爆より高価になる。一方で、ウラン濃縮施設はプルトニウム生産黒鉛炉と違って地下に設置しやすく大量の赤外線を放射しないので偵察衛星に位置を察知されにくい。また、ガンバレル方式は必要臨界量が多く製造効率が甚だ悪いものの、核実験なしでも核兵器を持てる。そのため、核開発初期段階の国はウラン原爆を選択する場合が多い。イランの核開発もウラン原爆計画が主体である。
ガンバレル方式のウラン原爆の臨界量は100%ウラン235の金属で22kgとされている[1]。広島型原爆では濃縮度約90%のウランが約60kg使用されたとされる(原子力百科事典)。起爆には後述のガンバレル方式が用いられた。

プルトニウム
プルトニウム239は自然界には殆んど存在しない重金属であるが、原子炉(燃料転換率の高い原子炉が望ましい)内でウラン238が中性子を吸収することで副産物として作られるため、ウランのような電力を食う濃縮過程を必要せず、逆に原子炉で電力が得られる。また臨界量が5kgとウラン235に比べてかなり少量で済む利点がある[2]。
プルトニウムは放射能が強く取り扱いは難しく、生産に黒鉛炉や再処理工場の建設費がかかるが、副産物で電力が得られ、1発あたり生産コストがトータルではウラン原爆より安価に済み、核兵器量産に向く為、5大国と北朝鮮の核兵器生産は現在はプルトニウムが主体である。

wikipedia


『プルトニウムは放射能が強く取り扱いは難しく、生産に黒鉛炉や再処理工場の建設費がかかるが、副産物で電力が得られ、1発あたり生産コストがトータルではウラン原爆より安価に済み、核兵器量産に向く為、5大国と北朝鮮の核兵器生産は現在はプルトニウムが主体である。』


それなのに、長崎原爆の放射能被害よりも広島原爆の放射能被害の方が大きかった。

もちろん、平野と山地の違いがあり、平地である広島よりも爆風を直接浴びなかった長崎の方が被害が少なかったということはあると思いますけれども。

直接の爆風を浴びる危険性は広島の方が高かったはずですが、放射能被害は、プルトニウム型の長崎の方が大きかったはずですね。


ということは、以下の事が考えられます。

プルトニウム型がデュポン主体で、ウラン型がロックフェラー主体だったと考えると、デュポン社=GM=スローン・ケタリング癌研究所が、自分たちの原爆の方が扱い易い原爆であるという調査結果を残すために、広島型原爆の投下地でマスタードガスを使った抗がん剤の臨床実験を行った可能性はありそうです。

抗がん剤による副作用と、原爆症の症状は、ほぼ全く同じなのです。


その結果として、長崎原爆の方が扱い易ということになって、プルトニウム型原爆が主体となり、結果として原発や再処理工場が稼働することになったのではないか?
ということが考えられるわけです。


というわけで、原爆の量産は、ウラン型=ロックフェラーではなく、プルトニウム型=デュポンが主導権を握ったようです。


ただし、GM=スローン・ケタリング癌研究所は、その後、ロックフェラー系になっているようです。

検索していたら、こんなのが出てきました。


2015年度幹事決定 - ロックフェラー・コーネル・スローンケタリング 日本人会
sites.google.com/site/rujapanesesite/.../2015nianduganshijueding

2015/03/01 - RU/WCMC/MSKCC 日本人会 2015年度幹事は以下のメンバーに決定しました。 伊藤慶一、東原幸起、筋野智久 (Rockefeller). 郷司敬洋、横山真隆 (WCMC). 國本博義、 星居孝之 (MSKCC). 皆様、本年度も恒例イベントへの参加・御協力 ...



というわけで、原爆製造の利権は、ロックフェラーからデュポンへ、
癌利権は、デュポンからロックフェラーへ
という棲み分けが出来たのかなと。

元々米国の金で、共同で原爆作ってたわけですからね。

ノバルティスとグラクソスミスクラインの棲み分けを思い出しました。

本日は広島原爆投下の日 8月6日。私達が受け継がなくてはならない戦争の記憶2015/08/06 20:38

本日は広島原爆投下の日 8月6日

スプートニクに原爆被害者の方のロングインタビューが出ています。

私達が受け継がなくてはならない戦争の記憶です。

一部引用します。
全文はリンク先でごらんください。



以下引用


リアノーボスチ通信のクセーニャ・ナカ記者は、被爆の記憶を語り継ぐ坪井直(つぼいすなお)さんにインタビューを行なった。坪井さんは日本原水爆被害者団体協議会代表委員で、広島県原水爆被害者団体協議会理事長を務めておられる。


「私が原爆を受けたのはここ。市役所がありますが、爆心地から1キロと少し離れたところです。当時、理化学の大学生で、8時過ぎ、食堂で朝食をとり、学校へ行こうという途中でした。
食堂を出ようとしたら下級生が3人入ってきて、先輩一緒に食べましょうという。でも私は、いや、学校に行くから、昼また会おうといって食堂を出た。原爆が落ちたのが8時15分。その3人は8月6日の朝8時15分、朝ごはんを食べながら、ばしゃーん、食堂の建物に潰されて亡くなったんです。爆心地に近かったから、この食堂で助かった人は1人もいない。私は大学にむかっていましたが、もしこれが爆心地に向かっていたら、もう助からなかったはずです。

こっちを向いて歩いているときにピカッと光った。私は目と耳をふさいで倒れました。衝撃波か爆風かで目が飛び出るんですよ。耳は鼓膜が全部破れて、ぜんぜん聞こえなくなる。だから目と耳を守る練習を避難訓練をするときは、幼稚園からみんなするんです。
私もとっさにこれをやろうとした。ところが手でふさぐ前にピカッと光った。それと同時にどーんと飛ばされた。アスファルトの歩道を通っていた私は10何メートルくらい飛ばされた。だから血だらけです。普段から爆撃でガラスの破片を避けるためにみんな、軍隊の命令で長袖を着ていたのです。

とにかく吹き飛ばされ、意識をなくしました。しばらくして気がついたら、これはひどい。ここから先が鮮血です。黒こげで無くなっているのですから。その赤い血が三本の指からぽとりぽとりと落ちている。よく見たらワイシャツもない、ズボンも膝から下は原爆の熱線で焼けてない。おかしいな。腰のあたりにミミズが入っているのかと思ったら、そうではない。血管が破れて、足まで流れていた。

その時、原爆を知りませんからね。しまった、私を狙ってやられたんだと思ったんです。私は20歳の軍国少年でしたから、米国よ、よくもやったな。覚えとけ。この仇は絶対討つぞと思ったんですよ。そういう気持ちがあっても、ふわっと落ち込んでしまったんです。俺もここで死ぬのかなと思いました。だがしばらくしても死にそうにない。顔の皮はずるずるで血だらけです。それが生きられるような感じがしてきた。

爆風でやられて、爆心地500メートルあたりは家が飛ばされ、屋根が土の上にそのまま立っていました。その屋根の下から50くらいのおばさんが助けてくださいと叫んでいる。私は自分も血だらけですが、若いですから、行って助けてあげようとしました。「どこですか? どこですか?」と呼びますが、姿が見えない。ブルドーザーではないですから、1人で屋根を持ち上げるわけにはいかない。「もう少し待ってていてよ。加勢を呼んできますから、もう少しがんばっていて」と言い残して行ったんです。

そうする中でいろんな光景を目にしたんです。女学生(現在の中学2年生くらい)が歩いていますが、それが熱線で焼けてずるずる。その彼女が、忘れません。右の目がぽろんと出ている。これは薬でも医者にかかっても助からんと思いました。そうかとおもうと、30歳代の男性がガラスが突き刺さったまま、血だらけのまま歩いている。三歩四歩行ったら、歩けず座り込んでしまいました。また30歳くらいのご婦人が、腹の中の腸が出ているのを屈みながら、手で押さえながら歩いているんですが、指の間から腸が出ているんですよ。

こりゃいかん。生きられるわけが無いと思いました。助けることもできなかったんですよ。そんなのがいっぱいあってね。家に足がはさまって動けないのに、家に火が移って逃げられないという人も見ました。焼けて、どこに顔があるのかもわからない人。これは人間か? 足も手もない。死んでころがっている。そんなのばっかりです。

だからね。資料館でもあまりにむごいからそんなものは出さない。子どもに見せられんですからね。ですが本当はこんなものではない。資料館の死体はせいぜい2人かそこらでしょう。本当は死体が何百、何千ところがっている。牛か馬か人か分からないような死体が。

それでね、川にいったらみんな焼けどして熱いでしょう。痛いから飛び込んでいるんです。でも3時間か4時間かしたら体がぶぶぶっと膨れてしまう。その死体が1キロ先の島に流れ着いたという証拠もあります。


中略


20歳ですから、よく覚えていますよ。俺はもうだめだ。在学証明もない。いつ死ぬかと思っていたら、そこに軽トラがやってきた。「おーい、若い男だけ乗れ」という。子どもも女性もだめ。男性も年寄りはだめ。武器を持てる若いのしかだめだということだったんですね。

これが軍国主義です。「私はどうして助けてくれんのか?」といってもだめ。戦争に勝つかだけですから。戦える人かどうかで人間を決めるのです。彼らは。今後戦争があるかどうかわかりませんがね。人間は戦争で勝つための道具なんです。戦争とはそういうものなんです。いいですか?

私は腹が立って腹が立って仕方ない。どうしてみんな助けてやらんのかと思った。でも、私が自分で来れたのはここまででした。後は全部人に助けられた。負われたりね、自分では歩けない、立つこともできないからです。

ここでね、あまりにもむごいことが起きたんです。あまりむごいのでここ3年話したことがありませんでした。10人しか乗れない軽トラの荷台に小学校2年生の女の子が自分も助けてもらいたいと思って足を掛けたんです。3年生以上はみんな疎開していますから、この子は2年生に違いありません。それを見た軍人が運転席から降りて、大きな声で降りろとどなった。

日ごろから軍人には歯向かってはいけないと叩き込まれていますから、この子はぱっと飛び降りたんです。わぁーんと大声で泣きながら、反射的に火の燃え盛るほうへと歩き始めた。私は動くことも出来ません。その子の後姿に向かってただ、「火の燃える方にいくなよ」と大声で繰り返すのがやっとでした。
どんな人にも夢があったはずです。大きくなったらこうなりたい、どんなことがしたいという夢が。それがペしゃんと潰されてしまった。誰が命を保障するのですか? 国は保障しません。助けてはくれませんよ。

かわいそうでかわいそうで言いようがない。それを見ていて、助けることもできなかった。だからね。この子は死ぬまで私の苦しみです。これを逃れることはできん。
以上引用

以下全文は
jp.sputniknews.com/japan/20150806/704590.html#ixzz3i0os3iB7


とにかく、想像を絶する体験をされたのでしょう。
この記憶を後世に伝えていく必要があります。


日本軍とナチスは、非常に良く似ています。
戦争に使える人材しか必要としなかった。
そして、使い捨てにした。


米国は、使える使えないに関わらず、無差別に虐殺し、人体実験にした。


ロシアが、米国の原爆投下について『人道上の罪』として国連などで追求すべしと言っているようですね。

こんな記事も出ています。

以下引用

「スプートニク」の依頼により日本でPopulus社によって実施された新たな世論調査「スプートニク。世論調査」によると、世論調査に回答した日本人の過半数以上(61パーセント)が、米国は広島と長崎への原爆投下について謝罪するべきだと考えており、回答者の74パーセントが、原爆投下によって大勢の市民が命を落としたため、戦争だからといって原爆投下を正当化してはならないと考えていることが分かった。

世論調査では、「1945年の広島と長崎への原爆投下について米国は公式に謝罪するべきだと思いますか?それとも謝罪の必要はないと思いますか?」との質問に、過半数以上(61パーセント)の日本人が、米国は広島と長崎への原爆投下について謝罪するべきだと答えた。必ずしも謝罪する必要はないと答えた回答者は11パーセントにすぎなかった。また約30パーセントの回答者が質問に答えることができなかった。回答に迷う割合が最も高かったのは18-24歳の若い世代で、同世代の40パーセント以上が答えに窮した。

世論調査の2つ目の部分では、「広島と長崎への原爆投下は戦争を終結させるための行動であり、原爆が投下されなければ戦争は長引いた」との主張にわずか10パーセントの回答者が賛同した。「一般市民の大量虐殺を引き起こしたため、戦争だからといって広島と長崎への原爆投下を正当化してはならない」との主張に賛同した回答者は74パーセントだった。

世論調査は、情報通信社スプートニクの依頼により2015年7月29日-8月2日にオンラインインタビューの方法でPopulus社によって実施された。18歳から64歳までの1004人の日本人を対象に、年齢別・性別・居住地別のバランスを考慮して行われた。世論調査データの信頼区間は95%で誤差は±3.1%。

以上引用
jp.sputniknews.com/japan/20150806/704975.html#ixzz3i2AAlsDd

この調査は、納得出来る数字が出ていますね。


アメリカによる原爆投下は、一般市民への無差別大量虐殺であり、人体実験であり、人道上の大罪であり、倫理的に許されないものです。

この計画を実行したのは、劣った有色人種を殲滅する思想を持った団体KKKの一員であったトルーマン大統領です。



Ⓜペッコ ‏@pecko178 10時間10時間前
原爆攻撃は最初から最後まで、綿密かつ完壁に計画。
10ヶ月にわたる訓練。1発だから1機でいいのに、2機も伴走させて人々がいかに死ぬるか、観察した。その3機を見て人々が逃げ出さないよう、あらかじめ馴らした。このような準備はすべて、可能なかぎりたくさんの人を殺そうとしたからである。

同じ理由から攻撃の時刻もわざわざ計算に入れた。

月曜日の朝、8時15分。通勤・通学のラッシュ・アワー。人々は勝手を知った身辺の防空壕を離れて移動中であった。

《眼球が溶けた》
8月6日、「エノラ・ゲイ号」とともに作戦に参加したB29「グレート・アーティスト号」(科学観測機)は、原爆投下と同時に爆発力測定用のラジオゾンデを吊るした「落下傘」を3つ落下させた。
青く晴れた空に落下傘。人々はそれを見上げ直後に爆発。見た人は眼球が溶けた。

8時15分前に、爆撃機は広島市上空を旋回し、警戒警報を出させ、その後いったん飛び去り警報が解除されて市民が安堵感から防空壕や家から外に出てきた頃合いを見計らって、直ちに「反転」して広島市上空に戻り、原爆を投下したという。『原爆機反転す ─ ヒロシマは実験室だった』より

原爆を人間が密集するエリアに落とすことで、その殺傷能力を観察したかった。
それは、ウラン型とプルトニウム型という2種類の異なる原爆を連続して投下したことからも分かる。また彼らは、原爆のテスト(生体実験)と同時に、戦後の覇権争いをにらんで、アメリカの力を世界に誇示したかったのである


広島
長崎
そして福島

目的は同じ


広島と長崎の原爆警告ビラは、8月5日に広島に、8月7日に長崎に新型爆弾が落ちると警告してあったらしい。
しばらくして何もなく安心したところに原爆は落とされた。

3.11と似てませんか?
この時も3月9日の地震で津波警報が出た。
でも、津波はほとんど来なかった。

以上引用


こんな調査もあるようです。


以下引用

米国民の3分の2が自国政府は「誤った方向に向かっている」

米国人の大半が米国は国として誤った方向に向かっていると考えている。しかも、次期大統領選挙で最も高い支持率を誇る候補らでさえも有権者らのネガティブな反応を呼んでいる。

ウォールストリート・ジャーナル紙とNBCニュースが7月末に行なった世論調査では、上記のような結果が出た。前回の調査に比べ、自国の政治、経済路線に憂慮を感じている米国人の数はさらに増えている。

特に回答者の65%が、「米国は誤った方向に進んでいる」と答えているほか、この先12ヶ月で米国経済の状況は悪化すると考える人の数も目だって増え、24%に達した。1年前の2014年7月末の時点で経済状況の悪化を懸念する市民は17%だった。

以上引用
jp.sputniknews.com/us/20150806/703108.html#ixzz3i0tAFlen


米国は誕生からして間違っていたが、どんどんどんどん間違っていき、今では国民の三分の二が、間違った方向に米国が向いていると感じるような国になってしまったのです。


米国の世論調査会社の調査でさえ、世界の平和に最も脅威な国は?という質問に対して『アメリカ』が圧倒的1位(2位パキスタンの3倍)なのです。


まず、アメリカは、自分たちが行った『人道的な罪』をきちんと総括し、謝罪し、反省するところからやり直さなくてはならないと思います。

そして『アメリカの国家犯罪全書』を全米国民が教科書として読む必要がある。

自分たちの国が、過去、そして現在、何をしているのか?知る必要がある。


それをやらないから、いつまで経っても、圧倒的に間違ったまま他者を不幸にしていくのですから。