覚せい剤と戦争その1 ヘロインと米西戦争 マニフェストデスティニー2015/05/16 20:29

覚せい剤と戦争その1 ヘロインと米西戦争 マニフェストデスティニー


こんな記事を発見したのだが

かつてアメリカで販売されていた10の危険な薬
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52126987.html

詳しくはリンク先を読んでいただくとして

以下抜粋引用

1.ノロディン(メタンフェタミン)
メタンフェタミンの商標名で、もっとも恐ろしい薬である。長期に常用すると自殺に結びつく。うつ状態の心の闇をはらい、副作用も比較的少ないとうたっているが、食欲不振、歯軋り、不整脈、不眠、異常血圧、心臓麻痺、卒中などの生理学的な影響についてはなにも注意していない。依存性も強く、もっとも克服しにくい。今日でもADHD(注意欠陥過活動性障害)や肥満の治療に使われることがある。

2.アヘンチンキ(アヘン)
10%前後のアヘン散を含むアルコール抽出物で、強烈な麻薬作用があり、痛みを消滅させる効果があるとうたわれて販売されていた薬だ。1676年初頭から、さまざまな不調の治療に用いられ、1800年代には、髄膜炎から生理痛、黄熱病まで、あらゆる治療に使われた。


3.シガーズ・デ・ジョイ(タバコ)
 19世紀半ば、ふたりの著名な医師が、喘息治療のための喫煙を勧め始めた。そのうちのひとり、イギリス人のヘンリー・ハイド・ソルター医師は、喘息は神経症や興奮状態が原因で、気管支の筋肉が痙攣して起こると信じていた。


4.クワルード300(クワルード)
メタクアロンの商標名で、1962年にアメリカで初めて特許を与えられた、鎮痛剤、筋弛緩剤、不眠治療薬。非バルビツール酸系だが、バルビツールと同じ効果がある。中枢神経系の活動を低下させ、心拍や呼吸数を減らし、手足が麻痺する。常用者は効果がなくなるため、摂取量が増えて死に至る場合がある。


5.ネンブタール(バルビツール酸塩)
ペントバルビタールとして知られるバルビツール酸塩は、1928年に開発され、1930年にドクター・ジョン・S・ランディによって初めて、ネンブタールの商標名で使用された。不安や恐怖、胸騒ぎなどを和らげる効果があるとされた。
芥川龍之介が自殺の際に服用したことで知られる。


6.エルゴアピオール(麦角とアピオール)
麦などに寄生してできた菌核である麦角と、セロリやパセリなどに含まれる有機化合物であるアピオールでつくられた薬。1900年代始めに生理不順の治療薬として販売されていた。


7.ミセス・ウィンズローの精神安定シロップ(モルヒネ)
1849年、ミセス・シャーロット・N・ウィンズローは、メイン州であるシロップを販売し始めた
1液量オンスにつき65mgのモルヒネが入っていた。


8.キンボール・ホワイト・パイン・アンド・タールの咳止めシロップ(クロロホルム)
これにはごく少量のクロロホルムが含まれており、風邪や気管支炎の治療薬として販売されていた。1847年始めには、クロロホルムは喘息を緩和する薬、普通の麻酔薬として使われていた。


9.バイエル塩酸ヘロイン(ヘロイン)
製薬会社バイエルはヘロイン(ジアセチルモルフィン)を開発して、1898年から販売し始めた。今ではヘロインを過剰摂取すると死に至ることがわかっているが、当時は咳止め、モルフィネやコデインのよりずっと良質で安全な鎮痛剤として奨励されていた。


10. 歯痛止めドロップ(コカイン)
1880年代から20世紀初頭まで、庶民が普通の店で買うことができる薬として売られていた


以上抜粋引用
全文は、http://karapaia.livedoor.biz/archives/52126987.html


と、まあ、もの凄いドラッグが普通に売られていたわけです。



現在の薬の中にも、当然、そのようなものがあるはずなので注意していただきたいですが、詳しくは、過去記事をどうぞ
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/cat/yakugai/



さて、戦争はなぜ起きるのか?考えた時に、当ブログが前から言っているのは、薬物によって脳がぶち壊されるから殺人マシーンになるのだという事です。


戦争は、薬物が引き起こすものです。

以下、検証していきたいと思います。

まず、覚せい剤の王と呼ばれるヘロインから


以下は、ヘロイン wiki

ヘロイン (heroin, diamorphine) は、アヘンに含まれるモルヒネから作られる麻薬。塩酸モルヒネを無水酢酸で処理し、生成する。正式には、3,6-ジアセチルモルヒネ (3,6-diacetylmorphine)。組成式は、C21H23NO5。CAS登録番号は、561-27-3。

依存性の極めて強い麻薬であり、日本国内では麻薬及び向精神薬取締法によって、その製造・所持・医療目的を含め、規制対象となっている。現存するあらゆる薬物の中で「快」の面でも「悪」の面でも最も高峰に位置するものとして、「薬物の王者」(The king of drug) の代名詞を持つ。

ロンドン・セントメアリー病院医学校のアルダー・ライトによって1874年に調合され、ドイツのバイエル社から鎮咳薬として1898年に発売された。名称はギリシャ語の「ヘロス」(hḗrōs、ヒーロー)に由来する。当初は経口投与が一般的であり、モルヒネよりも依存性は低いと考えられていたが、注射器による投与が広まると、単純にモルヒネよりも脂溶性が高かったため、多く脳に取り込まれ、強烈な麻薬作用を引き起こすことが判明し、各国にて相次いで厳しく規制されることとなった。

ヘロインはその使用者に対して肉体面での依存症と精神面での依存症の両方を形成する。
その肉体面における依存、いわゆる禁断症状としては、身体中の関節に走る激痛、小風に撫でられただけで素肌に走る激痛、体温の調節機能に生じる狂いによる激暑と酷寒の体感の数秒ごとの循環、身体中に湧き上がる強烈な不快感と倦怠感、などが挙げられる。

wikipedia



では、ヘロインが販売された1898年の年表を見ていきたいと思います。


1月
1月1日 - 沖縄県が徴兵令の対象となる (入営12月1日)
1月12日 - 第3次伊藤内閣成立
1月13日 - エミール・ゾラがドレフュス事件に関する公開質問状を掲載("J'accuse")
1月20日 - 元帥府条例公布

2月15日 - ハバナ湾で米海軍の戦艦メイン (ACR-1)が爆発し沈没(米西戦争の一因)
2月15日 - 大師電気鉄道(後の京浜急行電鉄)創立
2月24日 - 日本鉄道の機関手四百名が同盟罷工(日本初の鉄道スト)
2月26日 - 児玉源太郎が台湾総督に就任

3月6日 - 独清条約調印(ドイツ帝国が膠州湾を清より租借)
3月15日 - 第5回衆議院議員総選挙
3月22日 - 時事新報が社説「支那人親しむ可し」を掲載
3月27日 - ロシア帝国が関東州を清から租借

4月22日 - 米西戦争: 米海軍がキューバの海上封鎖を開始
4月24日 - この年の4月22日に行なわれた日本の要求に基づき清が福建省の不割譲を宣言
4月25日
西・ローゼン協定
米西戦争: 米国がスペインに宣戦布告
4月30日 - トラピスチヌ修道院創立

5月1日 - 米西戦争: マニラ湾海戦
5月14日 - 第12特別議会召集
5月27日 - フランス共和国が広州湾を清より租借

6月6日
米西戦争: 米軍がグアンタナモ湾に侵攻
英国が九龍半島を清から租借(7月1日発効)
6月11日(光緒24年4月23日)- 清、戊戌の変法運動が起こるが、戊戌の政変により失敗
6月12日 - フィリピンのエミリオ・アギナルドが独立宣言
6月20日 - 米西戦争: 米軍がグアム島に侵攻(翌日占領)
6月25日
保安条例廃止
第3次伊藤内閣総辞職
6月30日 - 第1次大隈内閣成立(隈板内閣)

7月1日 - 英国が威海衛を清から租借
7月3日 - 米西戦争: サンティアゴ・デ・クーバの戦い、アメリカ海軍がスペイン艦隊を撃破しキューバ近海の制海権を獲得
7月16日 - 明治民法の家族法が施行され、日本の家族制度が夫婦別姓から夫婦同姓へはじめて移行する
7月17日 - 米西戦争: 米軍がサンティアーゴ・デ・クーバを占領
7月25日 - 米西戦争: 米軍がプエルトリコに侵攻
8月
8月10日 - 第6回衆議院議員総選挙
8月12日
米西戦争: 停戦
米国がハワイ共和国を準州として併合
8月21日 - 尾崎文相の演説により共和演説事件がおこる

9月10日 - オーストリア皇后エリーザベトが暗殺される
9月19日 - ファショダ事件

10月1日 - 東京・京都・大阪の市制特例廃止。
10月15日 - 日本美術院設立(岡倉天心ら)
10月24日 - 尾崎文相辞任
10月31日 - 第1次大隈内閣総辞職(共和演説事件に端を発する閣内不一致)

11月2日 - 東亜同文会設立
11月7日 - 第13議会召集
11月8日
第2次山縣内閣成立
美保関燈台点燈

12月1日 - 淀橋浄水場竣工
12月10日 - 米西戦争: パリ条約調印(米国がフィリピン・グアム島・プエルトリコを領有)
12月18日 - 西郷隆盛銅像除幕式(上野公園)
12月26日 - ピエール・キュリー、マリー・キュリー夫妻がラジウムの発見を発表

wikipedia


様々興味深いことが起きていますが、米西戦争において、米国が太平洋を侵略していく年ですね。


米西戦争(べいせいせんそう、英語: Spanish–American War)は、1898年にアメリカ合衆国とスペインの間で起きた戦争である。アメリカ海軍の軍艦爆発を機にアメリカ世論の高まりなどもあり、アメリカとの戦争に突入した結果スペインは敗北し、カリブ海および太平洋のスペインの旧植民地に対する管理権をアメリカが獲得した。

ヘロインの販売と、マニフェストデスティニー(決定された未来)と言って、米国白人たちが領土を戦争によって拡大していくのは、同時に起きているのです。



さて、ヘロインを製造・販売していたバイエルは、1925年に出現したドイツの化学産業の複合企業、IG・ファルベンの一員となる。


この、IG・ファルベンは、ナチスドイツを支えた中核企業である。
実際にアドルフ・ヒットラーの選挙運動への最大の資金供給団体だったことが知られています。ヒットラーおよび彼のナチス党に400,000マルクを寄付しているそうです。

というよりも、IG・ファルベンは、ナチスドイツそのものだと言ってよい。


ナチスドイツの軍事的戦略の中核となった企業は、ドイツのIGファルベン社だ。

この巨大企業がどれほどの企業なのか?というと、当時全ドイツで生産されたうちの
合成ゴムの100%
毒ガスの95%
プラスティックの90%
マグネシウムの88%
爆発物の84%
火薬の70%
ハイオク航空機用のガソリンの46%
人造ガソリンの33%
を生産していたとされているのだ。


まさに、この企業無しには、ドイツの軍事産業は全く成立しない、国家そのものといってもよいほどの企業なのである。


そして、このIGはロックフェラー系のナショナルシティー銀行(現在のシティーバンク)の融資で作られ、同系列の中核企業であるアメリカ最大の石油会社であるスタンダード石油(ニュージャージー)との合弁企業だったからである。


そして、第二次大戦後、IGファルベンは解体され、英米の占領体制の元で、再びバイエル薬品として生まれ変わるわけです。
で、薬害エイズで再び取りざたされるようになった。

そして、スタンダード石油=ナチスのSSをベースにCIAは作られていくのです。

CIAが、覚せい剤の最大の大元締めなのは、ですから、根本的なのです。

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