311から4年 311マドリッド同時爆破テロと311地震を結ぶ線とは2015/03/11 22:58

本日は、311から4年

被害に遭われた方のご冥福をお祈りすると共に、この教訓を次世代に活かす努力をし、そして、これ以上の被害を防ぐ努力をし続けていきたいと思います。


311が人工的な現象だったことは、様々な観点からほぼ間違いないことなのだが、311が理解出来ない人にも簡単に人工であったことを証明するいくつかの数字を上げておこう。



まず、良く言われる数字合わせを見てもらいたい。

2001年09月11日8時46分=911
2011年3月11日14時46分=311

01.09.11.08:46=911
11.03.11.14:46=311

足すと。。

12.12.22.23:32

2012年12月22日23時32分
所謂これがマヤ暦がどうの、アセンションと騒がれているものである。

よくもまあ、数字を合わせたものだと感心する。

調べていくと、
フォトン・ベルトの真相―2012年12月22日のためのアセンション 単行本 – 2003/4
エハン デラヴィ (著), Deravy Echan (原著), 愛知 ソニア (翻訳)
http://www.amazon.co.jp//dp/4883202666

という本が、2003年の4月に出版されていることが分かる。

ということは、少なくとも2003年には、この数字が出来ていたということだ。


実際に、米国の深海掘削船『ジョイデスリソリューション』が深海掘削した穴に観測機器を設置したのは、1999年だが、その海域で3月9日の311地震の前震であるM7.2の地震が起きている。



次に311の数字を見てみる。

311は、KKK(クー・クラックス・クラン)の隠語である。
3−11 11番目のアルファベットはKであるところから。


米国で史上初の黒人大統領が誕生して起きたのが、311。隠語はKKK(クー・クラックス・クラン)
偶然にしては出来過ぎである。



クー・クラックス・クラン(英: Ku Klux Klan、略称:KKK)は、アメリカの秘密結社、白人至上主義団体。


「白人至上主義団体」とされるが、正確には北方人種を至上とし、黒人やユダヤ人、アジア人、近年においてはヒスパニックなどの他の人種の市民権に対し異を唱え、同様に、カトリックや、左翼団体、同性愛者の権利運動やフェミニズムなどに対しても反対の立場を取っている。


マニフェスト・デスティニーを掲げ、プロテスタントのアングロサクソン(WASP)、ゲルマンなど白人のみがアダムの子孫であり、唯一魂を持ち一切の罪を犯していない神(イェホバ)による選ばれし民として他の人種から優先され隔離されるべきである、と主張する。

名前の由来はギリシャ語の「kuklos(円環、集まりの意)」の転訛と英語の「clan(氏族、一族)」を変形させたものと言われる。団員は「Ku Klux(er)」、もしくは「Klansman」と呼ばれた。

白装束で三角白頭巾を被りながらデモ活動を行う集団として世間で認知されている。

20世紀初頭、「神のお告げ」を聞いた白人の牧師ビル・シモンズにより「第2のKKK」が誕生する。第2のKKKは「黒人を躾ける」とした以前のKKK以上に強硬的な過激派として活動し、その思想も従来の黒人差別のみならず有色人種全体の排撃を主張した。人種主義に加えて民族主義や宗教色も強まり、ユダヤ人やイスラム教徒も攻撃の対象としたKKKは白人貧困層の絶大な支持を集め、幾つかの州では少なからぬ政治的影響力を持つに至った。他にカトリック教徒や共産主義者も攻撃対象とされた。1923年にはオクラホマ州だけで2300件以上の暴行事件を起しており、放火や殺人が日常的に行われた。暴力行為も凄惨の限りを尽くし、両手を切断する、縛った人間を電車に轢かせる、焼印を押すなど残虐さを極めた。

こうした動きに乗る形で伝統的にKKKの勢威が強かった南部の州のみならず中西部のテネシー州やオレゴン州、それにオクラホマ州ではKKKの構成員もしくはKKKに対して好意的な政治家らが州政府を支配するなど合法的な進出を果たし、インディアナ州ではKKKの構成員エドワード・L・ジャクソン(Edward L. Jackson)が州知事にまでなっている。一方ではこの当時影響力を有していたKKKを自己の選挙に利用するために擦り寄る者もおり、後の大統領ハリー・トルーマンもそのためにこの当時KKKに加入していた。この当時(1925年頃)が KKK の絶頂期であり(英語版のWikipediaによれば構成員は500万以上)、1928年には構成員数万人を動員してワシントンD.C.でデモ行進を行った。このデモ行進が皮肉にもKKKが行った最後の大規模な行動となる。

注ハリー・トルーマン
広島・長崎への原爆投下を行ったアメリカ大統領

第311列車
1945年(昭和20年)8月9日の長崎市への原子爆弾投下の後、長崎本線で運行された救援列車第一号。


マニフェスト・デスティニー(Manifest Destiny)とは、アメリカ合衆国のインディアンに対する民族浄化と黒人の奴隷使役によって進められた白人種の西部開拓を正当化する標語。「明白なる使命」や「明白なる運命」などと訳出される。

概要

1845年、ジョン・オサリヴァンが用いたのが初出である。この際は、合衆国のテキサス共和国の併合を支持する表現として用いられ、のちに合衆国の膨張を「文明化」・「天命」とみなしてインディアン虐殺、西部侵略を正当化する標語となっていった。19世紀末に「フロンティア」が事実上消滅すると、合衆国の帝国主義的な領土拡大(米西戦争やハワイ併合など)や覇権主義を正当化するための言葉となった。


wikipedia

ちなみに
ニューヨーク市の緊急時以外の行政サービスの電話番号は、311。
緊急時は911

原爆作る計画は『マンハッタン計画』という


『ユダヤ人』は、なぜ殺されたのか??(原爆ホロコーストと『ユダヤ人』大量死の関係とは??)1/2
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/08/21/6953639

『ユダヤ人』は、なぜ殺されたのか??(原爆ホロコーストと『ユダヤ人』大量死の関係とは??)2/2
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2013/08/22/6954683

も参考に


では、過去の311マドリッド同時爆破テロを見てみよう。


この事件の背景には、レーガン・中曽根政権当時のイギリスの首相だったサッチャー首相の息子であるマークサッチャーたちが起こそうとしたアフリカのクーデター事件が絡んでいた。

このクーデター計画は、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)を打倒してネルソンマンデラが首相になったときに不要になった南アフリカ軍の軍隊から派生した民間軍事会社エグゼクティブ・アウトカムズ(EO社)から派生した傭兵たちが関わっている。

つまり、KKK(アパルトヘイト)に連なる傭兵なのだ。

だから、大衆の目を逸らせるために、マドリッド同時爆破テロは、311=KKKだったということのようだ。


EO社と関係が深かったサンドライン・インターナショナル社のティム・スパイサーは新会社「イージス」を立ち上げ、同時多発テロ以降のイラク戦争にてアメリカ政府から2億9,300万ドルという巨額の契約を手にしているそうで、他にもソマリアの海賊から守っているのもEO社の関連企業だそうだ。


このPMCの流れで出来たのがブラックウォーター社(現アカデミ)であり、この企業は、ボストン爆弾テロの現場にも居たことが分かっているし、イラク戦争を行ったのもこの企業。

その名の通り、ブラックウォーター(石油)利権を自分たちのものにするためのPMC(民間軍事会社)であり、他のPMCもまた国境を超えた国際資本の資源戦略のために役割を担っているわけだが、

このクーデターでは、

以下引用

、赤道ギニアのクーデター事件は、アメリカ・イギリス・スペインの石油財閥の後押しによって、3国の諜報機関が動いた事件ということだ。最終的な狙いは、

1)フランス資本のトタールを締め出し、
2)その代りとしてスペイン資本のレプソルを引き込み、
3)アメリカ資本のエクソン、マラソン、アメラダでめでたく独占する、

ことにあったようだ。

さらに驚くことに、この事件では、NATOの正規軍も「クーデター」に援軍を送っていた疑惑が発覚している。
以上引用
http://hiro-san.seesaa.net/article/250625539.html


マドリッド3・11 (7:最終回)  3・11とは何だったのか?
http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain_jouhou/madrid311-7.html

も参考に


というわけで、2004年のマドリッド311も、本物のKKKが関わっていたということだ。

しかも、レーガン・中曽根政権当時のイギリスの首相の息子であるマーク・サッチャーだ。


この2004年の311でもトタルが出てきたが、昨年、ロシア制裁を解除し、ドルを介さずにロシアと取引しようとしたトタル社のドマルジュリー最高経営責任者(CEO)が10月21日モスクワでの航空機事故で死亡したという事件がありましたね。


ちなみに、ソ連を崩壊に追い込んだチェルノブイリ原発事故は、レーガン・中曽根・サッチャー政権時代に起きている。

国際深海掘削計画(こくさいしんかいくっさくけいかく、Ocean Drilling Program、ODP)が始まったのも同じ。


国際深海掘削計画(こくさいしんかいくっさくけいかく、Ocean Drilling Program、ODP)とは1985年から2002年までの、世界中の海洋底を掘削し、海洋底および地球環境史の科学的解明を目的とする国際共同研究プロジェクト。
1968年にアメリカ国内で深海掘削計画 (DSDP: Deep Sea Drilling Project) が開始され、また1975年にアメリカの提案で国際プロジェクトである国際深海掘削計画 (IPOD) (IPOD: International Phase of Ocean Drilling) が開始された。ODPはIPODとDSDPがさらに発展した計画である[1]。
海洋底拡大説やプレートテクトニクスの確定と発展、地球環境史の解明などに貢献してきた。このプロジェクトは2003年からの統合国際深海掘削計画 (IODP: Integrated Ocean Drilling Program) に発展した。


毎度おなじみのこの深海掘削船の掘削がスタートしたのも同じ。

JOIDES・リゾリューション(ジョイデス・リゾリューションごう、JOIDES Resolution)は地質学、海洋学研究のために運用された深海掘削船である。1985年から深海掘削調査を開始した。グローマー・チャレンジャーの後継船である。
1978年にハリファックスでSedco/BP 471として進水し、ブリティッシュ・ペトロリアムとシュルンベルジェの石油掘削のために設計され、運用されていた。1984年に深海掘削調査船となり、ジェームズ・クックが探検に用いた、18世紀のイギリスの帆船、レゾリューションに因んで改名された。1985年1月から海洋掘削を始めた。
2009年2月から研究室を大規模な改装と乗員を1/4にして再び就役した。
wikipedia

中曽根といえば

この記事をもう一度置いておこう。

以下

311地震と福島第一原発事故は、どこまでが人為的なのか? ― 2011/04/03 21:37

 今回の東日本大震災は、どこまでが自然災害で、どこまでが人災なのだろうか?

まず、以下の記事を見てもらおう

以下引用

自衛隊に警視庁機動隊、そして東京消防庁の特殊部隊まで巻き込むことになった空前の原発事故は、実は人災である可能性が浮上している。

 福島第1の原子炉は米ゼネラル・エレクトリック(GE)が開発した。そのGE元社員のデール・ブライデンボー氏はロイター通信の取材に対し、福島第1と同型の原子炉について35年前に安全面での不安を指摘していたと打ち明けたのだ。

 そのうえで同氏は「分析が終わるまで一部の原発は閉鎖されるべきだと思ったが、GE側は応じなかった。そのため、私はGEを辞めた」と、退社した経緯を説明した。

 米ニューヨーク・タイムズも、米原子力委員会の専門家が1972年、この原子炉は水素がたまって爆発した場合、放射能を封じる格納容器が損傷しやすいため、「使用を停止すべき」と指摘した、と報じた

以上引用 全文はZAKZAK http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110318/dms1103181534014-n1.htm

ご覧のように、福島第一原発は、あらかじめ危険だという事が分っていたのを隠蔽して使用していたということである。

そして、さらにオドロクべきことに、原発に反対した佐藤栄佐久知事を国策捜査で罠に嵌めて逮捕してまで、この危険な原発は稼働し続けてきたということである。

つまり、この点から考えれば、福島第一原発事故は、明らかに人災である。


福島の原発というのは、プルトニウム入り使用済み核燃料を使ったプルサーマル計画に対する危険意識から、原発反対派の佐藤栄佐久知事が選挙で当選し、福島の原発を停止させようとしたという事実がある。

これは、福島県の有権者の民意で出来たことだった。

この選挙結果の通り、福島県の原発が危険なので停止していたとしたら、今回のような放射能漏れ事故は起きなかったはずである。

そして、福島原発が復活したのは、原発に反対した佐藤栄佐久知事が、水谷建設に絡む収賄罪で東京地検特捜部に逮捕されたためである。

この逮捕は明らかに意図的である。

そして、この佐藤栄佐久知事を逮捕し立件した東京地検特捜部の検事こそが、郵政不正事件で証拠をでっちあげ、逮捕された大久保弘道被告なのだ。

この放射能漏れ事故は、人為的な理由によって起きている。 つまり、この災害は、100%の自然災害では無い。

ある部分は間違いなく人災なのだ。

では、一体どこまでが人災なのだろうか??

この大久保弘道被告は、地下鉄サリン事件においてサリン製造者であった土屋正実被告の供述調書をとった人物だ。

このサリン事件の疑問については、ここでは端折るが、 大久保弘道は、事件における数々の疑問点を隠蔽し、胎児性水俣病であったと思われる盲目のおっさんが世界征服のために毒ガスを撒いたなどという奇妙きてれつな作文を書いた。

この事件は、米軍報告によれば北朝鮮の犯行という事になっている。本当のところは怪しいところだし(北朝鮮が東京でテロを起こして日米軍を引きつけている間に北朝鮮がソウルを奪う作戦だそうだが、占領は可能だが兵站が持たないのでやるわけがない。信じてる人多数。本当は日中紛争を仕込んだキリスト教原理主義系ヘリテージ=メロン=ランド研究所あたりがシナリオ描いたようだ)、わざわざ築地の元米軍極東中央病院である聖路加国際病院に戦時用タワーを事件の3年前に建設し、ほとんどの患者がそこに運び込まれるなどという出来過ぎた展開であり、どう考えても事前に知っていたとしか考えられないが。。

とはいえ、事実がどうあれ実際に現実の東アジアの軍事は、この米軍報告を元に再編成されたのだ。

そして、この地下鉄サリン事件の結果として、レーガン・中曽根政権において作られたスターウォーズ計画=SDIミサイル防衛計画という全く出来損ないで役に立たないことが判明し、お蔵入りしていたミサイル防衛計画が進められ、数兆円の金が軍産複合体企業に流れたのである。

さらに言うと、福島原発のプルサーマル計画を中止しようとして国策逮捕された佐藤栄佐久知事の談合疑惑に関わっていたのは水谷建設であり、水谷建設の顧問だったのは、オウムと暴力団の関係で進んでいた神奈川県警の捜査を打ち切り、解散させ、後に部下の麻薬事件隠蔽に絡み逮捕された渡辺泉郎神奈川県警本部長である。

そして、彼の息子が、宮崎勤と同じあきる野市の小学校教諭、渡辺敏郎なのだが、現在の事実上の治安維持法と言われている児童ポルノ法単純所持規制を押し進めるきっかけとなったのは、彼が所持していた80万枚にのぼる違法画像とサイト(クラブきっず)である。

渡辺泉郎は、中曽根政権が作った自衛隊の秘密情報部隊の初代室長である。

中曽根元首相は、日本における原子力推進の中心となった人物であり、アメリカ国務長官だったキッシンジャーの愛弟子である。

中曽根と同じくキッシンジャーの愛弟子が、読売新聞の渡邊恒雄である。 そして、渡邊恒雄が原子力産業に引っぱり出したのが、現在の増税議論を操る経済担当大臣の与謝野薫である。

そして、そもそも日本に原子力を持ち込んだのは、元特高警察であった読売新聞社主 正力松太郎である。

今、東日本大震災におけるデマを警察が取り締まるとかなんとか言っているが、デマを取り締まるなら、真っ先に取り締まるべきは、危険極まりない欠陥を持った原発を安全と言い続け、原発を作らせた読売新聞である。

そして1973年9月11日のチリクーデターのバックに居たのは、キッシンジャー国務長官である。

この311が本当はどういう事件だったのか?問い直す作業が必要なのは言うまでもないだろう。

以上過去記事


今回の311=KKKでも、空母ロナルド・レーガン打撃群が地震の翌日に現場海域に出現している。

しかも、この空母は、通常は極東の任務ではなく、たまたま横須賀基地の空母ジョージワシントンが整備中であったため、中東方面へ交代任務のためにやってきていた。そして、米韓合同演習に参加中だった空母エイブブラハム・リンカーンが3月10日(東京大空襲の日)にパールハーバーに寄港するわけだが、それと入れ替わるように、三陸沖に現れたのである。


空母ロナルド・レーガンは、1月6日にサンディエゴ港を出航し、次の航海のための事前訓練を終えた後、2月2日に再びサンディエゴ港を出航し、3月12日に三陸沖に現れた。

空母ロナルド・レーガン打撃群には、攻撃型原潜 ロサンジェルス級が付随しているはずだ。空母とは別行動でね。


空母打撃群はウィキペディアに詳しく有るが。

大型空母 (ニミッツ級) ×1
F/A-18E/F 戦闘攻撃機 戦闘攻撃飛行隊3個(39-45機)
F/A-18C/D 海兵戦闘攻撃飛行隊 1個(12機)
E-2C ホークアイ早期警戒機 1個飛行隊 5機
EA-6B プラウラー電子戦機 1個飛行隊 5機
C-2 グレイハウンド輸送機 1個分遣飛行隊 3~6機 (常時搭載では無い)
SH-60F オーシャンホーク哨戒ヘリコプター及びHH-60救難ヘリコプター 1個飛行隊 12機
SH-60Bシーホーク対潜ヘリコプター若干数(LAMPS Mk III 、非搭載の場合あり)

タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦 ×1
GCCS-M, NTDS, Mk 37 TWS, Mk 7 AWS, SQQ-89, Mk 41 VLS (122セル), LAMPS Mk III

アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦 ×2
GCCS-M, NTDS, Mk 37 TWS, Mk 7 AWS, SQQ-89, Mk 41 VLS (90/96セル), LAMPS Mk III

ロサンゼルス級攻撃型原子力潜水艦 ×1
GCCS-M, BSY-1 ASWCS, Mk 36 TWS

サプライ級高速戦闘支援艦 ×1

以上の規模で行動することが多いが、タイコンデロガ級とアーレイバーク級の数が変わる場合がある。(総数がこれより減る事はほぼ無い。状況しだいではNATOや自衛隊の艦艇が帯同する場合もある。)

だそうです。


私達は、『空母ロナルドレーガンが』助けに来たと報道を受けているが、当然のことながら、これだけの艦隊を引き連れていたということだろう。


さて、ここまで出てきた『レーガン』『中曽根』『サッチャー』『メロン』『キッシンジャー』
共通点は、全て『新自由主義』のネオコンであることだ。


311が『ショックドクトリン』であったことは間違いない。


「ショック・ドクトリン」の最初の応用例は、1973年の軍事クーデターによるアウグスト・ピノチェト政権下のチリであるとする。シカゴ学派は投資家の利益を代弁、「大きな政府」や「福祉国家」をさかんに攻撃し、国家の役割は警察と契約強制のみであるべきで、他はすべて民営化し市場の決定に委ねよと説いていたが、そのような政策は有権者の大多数から拒絶され自国で推進することができず、独裁体制下のチリで実行に移されたと述べている。チリでは無実の一般市民の逮捕・拷問・処刑が相次ぐばかりでなく、「惨事便乗型資本主義」がはびこって、「小さな政府」主義が金科玉条となり、公共部門の民営化、福祉・医療・教育などの社会的支出の削減が断行され、多くの国民が窮地に追い込まれた。
以後、天安門事件(1989年)、ソ連崩壊(1991年)、アメリカ同時多発テロ事件(2001年)、イラク戦争(2003年)、スマトラ島沖地震 (2004年)による津波被害、ハリケーン・カトリーナ(2005年)といった、政変・戦争・災害などの危機的状態を挙げ、「惨事便乗型資本主義」(「惨事活用資本主義」、「災害資本主義」、「火事場泥棒資本主義」)はこれにつけこんで、人々がショック状態や茫然自失状態から自分を取り戻し社会・生活を復興させる前に、過激なまでの市場原理主義を導入し、経済改革や利益追求に猛進してきた、という[2][3]。

wikipedia

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