不正選挙!投票時間の繰り上げと様々結ぶ点と線 ― 2012/12/18 20:18
こんな情報も
田中龍作ジャーナル2012年12月17日)
《投票所の繰り上げ状況の中の一部》
〈文・中山栄子〉
※福島県で全市町村繰り上げるのは、この衆院選が初めてのようだ。
・また関東では、群馬県は県内99%の投票所が繰り上がるなど福島県に次ぐ多さだ。
・47都道府県の全ての記事を拾い上げることはできなかったが、ほぼ全域にわたって程度の差こそあれ、投票時間の繰り上げは行われていたとみて間違ない。
・福島県-県内の全投票所(1312ヶ所)で1時間〜最大4時間繰り上げ(100%)
・群馬-99%の投票所で繰り上げ
・秋田-県内85.05%の投票所で繰り上げ
(以下、県と投票所は省略します)
・岩手-県内64.47%で繰り上げ
・宮城-県内57.18%で繰り上げ
・山形-県内13.39%で繰り上げ
・青森-6.1%で繰り上げ
・長野-1501ヶ所の投票所中304ヶ所で1〜3時間繰り上げ。
うち3ヶ所は開始も1時間遅れ。
・愛知-1744ヶ所の投票所のうち63ヶ所で繰り上げ。…
以上、引用
http://tanakaryusaku.jp/2012/12/0005874
ま、この間に何かやってるのでしょうね。
投票の紙作るところから、箱から管理から、人員派遣まで全てやってるのが、株式会社ムサシ ですから。
で、前に読んだことあるのだが
詳しく書いてあるブログ引用させていただきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/icbm2629/41555833.html
自衛隊秘密諜報機関―青桐の戦士と呼ばれて(阿尾博政・講談社:1680円)
これは戦後、日本の自衛隊員が中国本土やロシアで秘密工作をしていたことを、その当事者自身が証言した貴重な本です。
著者の阿尾博政の略歴は「BOOK著者紹介情報」などによると1930年富山県生まれ。
中央大学在学中、ある大物右翼の書生として活動。卒業後は国旗掲揚協賛会
や東南アジア親善協会の運動に携わり、1955年、久留米の陸上自衛隊幹部候補生学校に入学。
富士学校レンジャー研究課程を修了後、習志野の第一空挺団に勤務。その間
に戦時中のスパイ養成機関であった陸軍中野学校の後身の陸上自衛隊調査学校で「対心理情報課程」を学ぶ。
1963年、陸上自衛隊幕僚監部第2部(諜報部門)に異動したあと、日米合同の諜報機関(通称)「ムサシ機関」に勤務し、「ムサシ」の一員として台湾に渡り、台湾とC哀Aとの合同秘密諜報機関に所属して中国本土に潜入した。
その後、自衛隊独自の秘密諜報機関が必要と上層部に具申して認められ、形式的に防衛庁を退職し、実際は自衛隊員でありながら、他の「元自衛隊員」と共に、私人として「阿尾機関」のトップとなり、自衛隊幹部の思想調査など、様々な秘密工作活動を行う。
この頃、70年安保改訂に向けて、安保条約の延長に賛成する世論づくりのためのプロパガンダ活動を組織し、自民党から資金を調達しようとする。しかし、台湾派だった阿尾博政は、中国派の田中角栄幹事長と鋭く対立して、ある会議で田中角栄を暗殺すると口走り、公安調査庁の監視下に置かれる。
困った自衛隊は、何を仕出かすかわからない阿尾博政を再度台湾に派遣する。そこで台湾軍とC哀Aの合同秘密諜報機関に再度所属して、あの有名な「黄金の三角地帯」を支配していた「麻薬王」クンサの組織に派遣され、雲南国民党軍とも接触。
中国共産党との内戦に敗れてミャンマーに逃げた雲南国民党軍は、ミャンマー軍や人民解放軍に攻撃されて消滅したと言われていたが、実際は難民に偽装してミャンマーからタイに逃げ込み、C哀Aの支援でタイ政府の保護されて「麻薬王」クンサや台湾の国民党政府、それに麻薬を扱う中国系犯罪組織と協力して、麻薬取引で軍資金を得ながらタイで活動していた。要するに、C哀Aや台湾の国民党政府も麻薬ビジネスで稼いで活動資金を得ていた。
その後の1972年、日本と台湾の国交断絶を機に再度台湾に派遣され、日台の空路再開工作を行うが、この政治工作に関わっていた台湾支持派で、自民党の政調会長等を歴任した富山県選出の松岡松平議員が急死。阿尾博政はこの松岡松平議員の急死について、自民党有力者による暗殺を示唆している。
1982年からは、台湾国民党大陸工作会のメンバーとして中国での情報工作も行なう。台湾人ビジネスマンよりも、日本人ビジネスマンを装って先入した方が監視が軽くなり、中国での情報工作に役立ったという。
その他では、1973年の金大中拉致事件の時に、別の「阿尾機関」と同じく人を装った自衛隊の諜報機関が韓国中央情報部(KC哀A)に協力して金大中を監視していたことや、競艇界を牛耳っていた笹川良一が、裏切った著者の知人の元自衛隊諜報機関員を自殺に見せかけて殺した話などがある。
1991年、防衛庁を「定年退職」。これは事実上2度目の退職であり、このようなことが自衛隊法で認められているはずがないので、法的な問題があるはずだ。
2000年、NPO法人「日台経済人の会」の理事長に就任。
2007年に陸上自衛隊情報保全隊が、平和運動を行なっている個人や市民団体を秘密裏に調査・監視活動をしていた事が暴露されたが、こうした国民の監視活動をしているのは情報保全隊のような公然部隊だけではないのかもしれない。
著者は全ての秘密工作を明かしてはいないはずなので、新政権には自衛隊の秘密工作の全容を解明し、公表してもらいたい。
以上、引用
http://blogs.yahoo.co.jp/icbm2629/41555833.html
ーーーーーーーーーーーーーーー
だそうです。
つうか、こんな本書いて大丈夫なのかな??
70年安保改訂に向けて、安保条約の延長に賛成する世論づくりのためのプロパガンダ活動を組織
中国派の田中角栄幹事長と鋭く対立して、ある会議で田中角栄を暗殺すると口走り
グリコ森永事件の背景とか、いろいろなものが分ってきますよね。
ムサシ機関
で、株式会社ムサシ
なるほど〜
富山県か、また出てきましたね。
ちなみに、当ブログは、台湾独立自体は支持してますし、特に親中国ではありません。念のため。
それぞれの人々が、それぞれ幸せに暮らせれば良いじゃないかという、左右どちらでもない真ん中です。
ただ、TPPと原発と不正選挙は止めましょうと言ってるだけですね。
で、田中康夫を破ったのは、97,526(46.6%)中野 洋昌(なかの ひろまさ) 34 公 明
斎藤 恭紀(未来)45,316(19.8%)にぶつけてきたのが、
中野 正志(なかの まさし)(維新)
ちなみに、311の時の国家公安委員長は、中野寛成(松下政経塾)
中野〜
で、習志野の第一空挺団て、三宅雪子を破った野田首相の父親が所属してたところじゃなかったけ?
で、日航機墜落事故の救助に行った部隊だったような。。
同期は、公明党の誰だっけ??
いやあ、いろいろなところが繋がっているんですね〜
勉強になります。
でも、不正選挙はイケません。
田中龍作ジャーナル2012年12月17日)
《投票所の繰り上げ状況の中の一部》
〈文・中山栄子〉
※福島県で全市町村繰り上げるのは、この衆院選が初めてのようだ。
・また関東では、群馬県は県内99%の投票所が繰り上がるなど福島県に次ぐ多さだ。
・47都道府県の全ての記事を拾い上げることはできなかったが、ほぼ全域にわたって程度の差こそあれ、投票時間の繰り上げは行われていたとみて間違ない。
・福島県-県内の全投票所(1312ヶ所)で1時間〜最大4時間繰り上げ(100%)
・群馬-99%の投票所で繰り上げ
・秋田-県内85.05%の投票所で繰り上げ
(以下、県と投票所は省略します)
・岩手-県内64.47%で繰り上げ
・宮城-県内57.18%で繰り上げ
・山形-県内13.39%で繰り上げ
・青森-6.1%で繰り上げ
・長野-1501ヶ所の投票所中304ヶ所で1〜3時間繰り上げ。
うち3ヶ所は開始も1時間遅れ。
・愛知-1744ヶ所の投票所のうち63ヶ所で繰り上げ。…
以上、引用
http://tanakaryusaku.jp/2012/12/0005874
ま、この間に何かやってるのでしょうね。
投票の紙作るところから、箱から管理から、人員派遣まで全てやってるのが、株式会社ムサシ ですから。
で、前に読んだことあるのだが
詳しく書いてあるブログ引用させていただきます。
http://blogs.yahoo.co.jp/icbm2629/41555833.html
自衛隊秘密諜報機関―青桐の戦士と呼ばれて(阿尾博政・講談社:1680円)
これは戦後、日本の自衛隊員が中国本土やロシアで秘密工作をしていたことを、その当事者自身が証言した貴重な本です。
著者の阿尾博政の略歴は「BOOK著者紹介情報」などによると1930年富山県生まれ。
中央大学在学中、ある大物右翼の書生として活動。卒業後は国旗掲揚協賛会
や東南アジア親善協会の運動に携わり、1955年、久留米の陸上自衛隊幹部候補生学校に入学。
富士学校レンジャー研究課程を修了後、習志野の第一空挺団に勤務。その間
に戦時中のスパイ養成機関であった陸軍中野学校の後身の陸上自衛隊調査学校で「対心理情報課程」を学ぶ。
1963年、陸上自衛隊幕僚監部第2部(諜報部門)に異動したあと、日米合同の諜報機関(通称)「ムサシ機関」に勤務し、「ムサシ」の一員として台湾に渡り、台湾とC哀Aとの合同秘密諜報機関に所属して中国本土に潜入した。
その後、自衛隊独自の秘密諜報機関が必要と上層部に具申して認められ、形式的に防衛庁を退職し、実際は自衛隊員でありながら、他の「元自衛隊員」と共に、私人として「阿尾機関」のトップとなり、自衛隊幹部の思想調査など、様々な秘密工作活動を行う。
この頃、70年安保改訂に向けて、安保条約の延長に賛成する世論づくりのためのプロパガンダ活動を組織し、自民党から資金を調達しようとする。しかし、台湾派だった阿尾博政は、中国派の田中角栄幹事長と鋭く対立して、ある会議で田中角栄を暗殺すると口走り、公安調査庁の監視下に置かれる。
困った自衛隊は、何を仕出かすかわからない阿尾博政を再度台湾に派遣する。そこで台湾軍とC哀Aの合同秘密諜報機関に再度所属して、あの有名な「黄金の三角地帯」を支配していた「麻薬王」クンサの組織に派遣され、雲南国民党軍とも接触。
中国共産党との内戦に敗れてミャンマーに逃げた雲南国民党軍は、ミャンマー軍や人民解放軍に攻撃されて消滅したと言われていたが、実際は難民に偽装してミャンマーからタイに逃げ込み、C哀Aの支援でタイ政府の保護されて「麻薬王」クンサや台湾の国民党政府、それに麻薬を扱う中国系犯罪組織と協力して、麻薬取引で軍資金を得ながらタイで活動していた。要するに、C哀Aや台湾の国民党政府も麻薬ビジネスで稼いで活動資金を得ていた。
その後の1972年、日本と台湾の国交断絶を機に再度台湾に派遣され、日台の空路再開工作を行うが、この政治工作に関わっていた台湾支持派で、自民党の政調会長等を歴任した富山県選出の松岡松平議員が急死。阿尾博政はこの松岡松平議員の急死について、自民党有力者による暗殺を示唆している。
1982年からは、台湾国民党大陸工作会のメンバーとして中国での情報工作も行なう。台湾人ビジネスマンよりも、日本人ビジネスマンを装って先入した方が監視が軽くなり、中国での情報工作に役立ったという。
その他では、1973年の金大中拉致事件の時に、別の「阿尾機関」と同じく人を装った自衛隊の諜報機関が韓国中央情報部(KC哀A)に協力して金大中を監視していたことや、競艇界を牛耳っていた笹川良一が、裏切った著者の知人の元自衛隊諜報機関員を自殺に見せかけて殺した話などがある。
1991年、防衛庁を「定年退職」。これは事実上2度目の退職であり、このようなことが自衛隊法で認められているはずがないので、法的な問題があるはずだ。
2000年、NPO法人「日台経済人の会」の理事長に就任。
2007年に陸上自衛隊情報保全隊が、平和運動を行なっている個人や市民団体を秘密裏に調査・監視活動をしていた事が暴露されたが、こうした国民の監視活動をしているのは情報保全隊のような公然部隊だけではないのかもしれない。
著者は全ての秘密工作を明かしてはいないはずなので、新政権には自衛隊の秘密工作の全容を解明し、公表してもらいたい。
以上、引用
http://blogs.yahoo.co.jp/icbm2629/41555833.html
ーーーーーーーーーーーーーーー
だそうです。
つうか、こんな本書いて大丈夫なのかな??
70年安保改訂に向けて、安保条約の延長に賛成する世論づくりのためのプロパガンダ活動を組織
中国派の田中角栄幹事長と鋭く対立して、ある会議で田中角栄を暗殺すると口走り
グリコ森永事件の背景とか、いろいろなものが分ってきますよね。
ムサシ機関
で、株式会社ムサシ
なるほど〜
富山県か、また出てきましたね。
ちなみに、当ブログは、台湾独立自体は支持してますし、特に親中国ではありません。念のため。
それぞれの人々が、それぞれ幸せに暮らせれば良いじゃないかという、左右どちらでもない真ん中です。
ただ、TPPと原発と不正選挙は止めましょうと言ってるだけですね。
で、田中康夫を破ったのは、97,526(46.6%)中野 洋昌(なかの ひろまさ) 34 公 明
斎藤 恭紀(未来)45,316(19.8%)にぶつけてきたのが、
中野 正志(なかの まさし)(維新)
ちなみに、311の時の国家公安委員長は、中野寛成(松下政経塾)
中野〜
で、習志野の第一空挺団て、三宅雪子を破った野田首相の父親が所属してたところじゃなかったけ?
で、日航機墜落事故の救助に行った部隊だったような。。
同期は、公明党の誰だっけ??
いやあ、いろいろなところが繋がっているんですね〜
勉強になります。
でも、不正選挙はイケません。
コメント
_ 失礼します ― 2012/12/18 22:39
_ k ― 2012/12/19 08:37
ぐぬぬな人のつぶやき
@yukiko_okimoto
各党の議席数の変化、計算されたように一致。
・民主243→57 186減
・自民119→294 175増
・公明21→31 10増
・・・民主の議席は自公へ。
・未来62→9 53減
・維新11→54 43増
・みんな8→18 10増
…未来の議席は維新とみんなへ。
@yukiko_okimoto
各党の議席数の変化、計算されたように一致。
・民主243→57 186減
・自民119→294 175増
・公明21→31 10増
・・・民主の議席は自公へ。
・未来62→9 53減
・維新11→54 43増
・みんな8→18 10増
…未来の議席は維新とみんなへ。
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※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
http://www.musashinet.co.jp/faq/#n02
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Q.社名の由来は?
A.創業時の社員に社名を募集し、その中から「戦後荒廃した武蔵の地から不死鳥の如く起ち上がった」という意味を込めた「武蔵」を採用。
その後、1991年(平成3年)にカタカナ社名に変更し、現在の「株式会社ムサシ」となりました。
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