日本人はなぜこの地に住むようになったのか?最も重要な食材『魚介類とサケマス・鮎』2016/01/14 19:45

歴史を考える上で、まず最初に考えること。私達の思い込みについて考えてみる。 ―
http://velvetmorning.asablo.jp/blog/2016/01/06/7975083
のつづきです。

昔の人達は、今よりももっと食料の獲得に生活を依存していたわけですから、効率的に確保出来てなおかつ美味しい食材を手に入れる方法を確立していたはずです。


そしてそれらの様々な食材こそが、世界の様々な地域の民族や生活・文化・文明を作ったのです。

もちろん、『日本』の民族や生活・文化・文明をカタチ作ったのも、ある食材です。

では、日本を形成する上で最も重要な役割を担った食物とは何でしょうか??


もしあなたが15000年前の日本にタイムマシンで飛ばされてしまったら、あなたはどうやってサバイバルするだろうか?

これを真剣に考えると、日本の原型が誕生した当時を知ることが出来るようになるはずです。


筆者なら、まず川沿いに川を下って海に出ます。
そして、海岸付近から真水が出ている場所を探します。

そこには、飲み水も食料も両方が存在するからです。
つまり、人間が暮らしていける場所です。


この仕組みは、15000年前も現在も変わっていないはず。


海辺を観察する

ここ10年あまり四季を通じて海に通ってみて分かったことがある。


海辺の四季

春になると、大潮で昼間に大きく潮が引いて陸地が現れる。
ここに様々な魚介類が存在する。

現代では漁業権によって自由に採取出来ないが、昔の人にとっては、伊勢エビやアワビやサザエやエビカニ、タコ、ウニ、アサリにハマグリ、カキなど美味な高級食材穫り放題な素晴らしい時期だったに違いない。

湾の奥には、数百億単位の小魚や子イカの群れを目にすることが出来る。

数千万匹の小鮎が河川を遡り始めるのもこの時期だ。
サクラマスも、桜の時期に河川へ遡上を開始する。

初夏になると、イワシやアジ・サバといった青魚が回遊して来る。
そしてそれらを追ってブリやカンパチといった大型の回遊魚も回ってくる。(時には海岸でイワシを拾えるほどだ)

さらに、イカも段々大きくなる(イカは1年で成長する)

夏になると内陸奥地に鮎やサクラマス(ヤマメ)が存在する。

秋になると鮎は河口付近に集まってくる。

そして河川を埋め尽くすほど大量の鮭が河口から遡ってくる。

秋と冬には、夜に大きく潮が引いて陸地が現れる。
火を扱うことの出来た人類は、タイマツによる灯りによって海辺の魚介類を他の生物よりも多く獲得出来たはずである。

真冬の海岸には、昆布や若布などの海藻が漂着する。

海岸には、ほぼ一年中食べられる野草が存在している。

ということだ。


これらの魚介類を古代の人達が食べていなかったはずが無い。

伊勢エビやアワビよりも『どんぐり』が食べたいという人は、よほどの変人だろう。

人口が増えてしまった現代は、それらは高級食材で滅多に口に出来ないものになってしまったが、人口が少なかった当時は、主食級の扱いだったはずなのだ。


というわけで、旧石器時代における日本において最も重要な食材、それは魚介類だった、中でも人間の進化に過程において、特にサケ・マスそれに鮎が重要だったと思います。


これらの魚達は、ある特定の河川に、季節ごとに数千万匹という大群を伴って遡ってくる魚達です。

しかも、ものすごく美味だった。

筆者は、美味であるというのは、最も大切な食料である証だと考えています。


実際筆者は今までの釣り歴の中で、100種類以上の魚を釣りました(ほとんどの魚は食べられます=食べられない魚というのは、毒があるフグと、あとちょっとしか存在しない)が、その中で最も美味しかったのが、鮎とヤマメです。

あと石鯛も美味しいですが、獲得するのが大変です。。(ちなみに、石鯛釣りの餌は、アワビやサザエ、ウニ、伊勢エビなどです。。)


人類の進化というのは、大型動物を狩猟することで始まったこという説が主流になっている。

しかし、筆者は魚釣りをしていく中で、日本において、これは全く当てはまらないのではないか?という事に段々気付いてきたのです。

なぜなら私達の想像以上に魚は沢山居て、しかも美味しい魚が沢山居て、しかも、それらは、ある時期簡単に穫れるのだ。

たとえば、鮎は、一つの川に数千万匹単位で遡ってくる。
数千万匹ですよ。

しかも、秋に穫れる20センチ以上の鮎の塩焼きの美味しさときたら、あらゆる食べ物の美味しさを凌駕しているくらいに美味しい。


筆者も、天然の鮎を食べるまで知らなかったのだが、養殖の鮎と天然の鮎では、全く味が違うのだ。

筆者は、自分の体験したこと以外は、あまり信じられない。

美味しいというのは、信じることが出来る。


ものすごく美味しいというのは、それが重要な食料であるということの証だと考えている。


もちろん、現在において鮎を始めとした魚介類の多くは、漁業権の対象になっており、勝手に採取することは出来ないようになっているが。


鱒の陸風型であるヤマメやイワナも、これまた、とてつもなく美味しい。

鮭もまた、秋になると川を埋め尽くすほど大量に遡ってくる。
鮭は、毎日食べても飽きない味である。

私達が住んでいる日本列島において、これらが、最も重要なタンパク源だったことは、筆者には疑い無い。


そして、これら季節性の魚であるサケマスや鮎が最も重要なタンパク源だったと考えると、旧石器時代から縄文時代にかけての日本の発展の理由が解けてくることになる。


今回歴史について書く上で、様々な文献を読んでいるが、魚の重要性について書いてあるものは、極めて少ない。私達が、つい最近までほぼ肉食ではなく魚食系だったにも関わらず。
これは、極めて妙な話だ。

そしてそれは、発掘した遺跡の中で、それらの魚の骨が大量に見つかっていないからなのだそうだ。
考古学の世界では、縄文時代に本当に鮭が食べられていたのか議論があり、現在でも決着がついていないそう。

でも、本当に重要な食料であったサケマス、鮎は、骨まで食べたり利用してしまったので、遺跡には残らなかっただけのように筆者には思える。

そして、余ったものは日持ちする加工がされたため、遠くまで運搬出来るようになった。
なので、サケマス・鮎などの骨全てがその場に残ることは無かったはずである。


私達にとって、間違いなく重要な食料とは、魚介類だった。

中でも、日本人の進化にとって特に重要だったのは、サケマス、鮎 だった。
それは筆者には疑いようが無いことである。


なぜなら、現在でも、日本の様々な河川には、サケマス、鮎が大量に存在していて、私達は、極めて重要な食料としてそれらを利用しているからである。

スーパーや流通機構が発達していなかった昔は、今よりももっと重要な食料だったに決まっているのだから。

私達の祖先が、日本を定住の地に選んだのは、サケマス、鮎が大量に確保できたからである。

しかし、それだけでは、定住には不足している。

季節性の魚が穫れるだけでは、定住するには無理がある。

けれど、古代の日本人達は、そこに定住する事になった。

そこにこそ、日本誕生の秘密が隠されていると筆者は考えている。


次回は、日本誕生の秘密を探ります。

コメント

_ ちょここ ― 2016/01/15 13:01

日本列島は酸性土壌なので、骨などの有機物が残り難いそうです。
wikipediaによると、縄文時代の貝塚は、日本列島ではおよそ2500個所発見されてるそうです。なので実際にはもっと多く存在したでしょうね。古来より日本人は魚介類が大好きだったのでしょう。
また、海苔を消化できるのは世界で日本人だけだそうです。
http://matome.naver.jp/odai/2139028304001496101
http://tabi-labo.com/172206/seeweedmicrobiota/
外国人は、海苔を嫌うそうです。
http://youpouch.com/2014/06/21/204952/
食文化の違いですね。
ついでに、縄文時代の日本では既にクッキーも焼いていたそうです。

_ るびりんぐ ― 2016/01/15 17:13

いつも鋭い分析に感嘆しながら拝見しております。この記事に関連しそうな、人類の進化と水産資源の利用について考察されたお勧めの本がありますので、紹介させていただきます。『人類史のなかの定住革命』です。縄文時代の日本における人々の暮らしも推測されています。興味深い内容です。

_ velvetmorning ― 2016/01/17 21:07

最初の日本人達は、魚食系だったと思います。
日本に大型ほ乳類が多く居たのは、ごく短期間のようですし。
『人類史のなかの定住革命』面白そうですね。
今度読んでみようと思います。

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